カテゴリー「や行」の18件の記事

八ッ場ダムと前原大臣

やっぱり劣る事実認識力、前原大臣   利根川上流の吾妻川、群馬県長野原町に建設途上の八ッ場ダムは、70%近くの工程が完了し後数年すればダム本体も完成するそうだ。このダムが前原国交大臣の突然の「ダム建設中止」発言で出来たばかりの政権を揺るがしそうな大騒ぎになっている。注意深く彼の発言を聞いていると、民主党の「マニフェストに記載されているから中止する」ということで、前原大臣としての意思は表明されていない。発言に何となく「他人事(ひとごと)」のような白けた雰囲気があるのはその所為かも知れない。一見、頑(かたく)なに「中止」を固執する前原大臣の姿勢を見て、「前原はブレナイ」と高く評価している人たちがいるようだが、「中止」を表明するときの彼の思い詰めたような眼差しや表情の硬さを見ていると、私にはどうしても故永田議員の「偽メール事件」の国会質問光景が浮かんで来る。事実確認がきちんとなされていれば、当然、彼自身も代表を辞任しなければならないようなこともなく、故永田議員も自殺に追い込まれるようなことにはならなかっただろう。この時、事実確認の重要さを嫌というくらい覚った筈だが、忘れてしまったのだろう。ちゃんと偽メール事件が学習されていれば、八ッ場住民の気持ちを「いの一番」に確認していた筈である。その過程を経ていれば、同じ「中止」発言であっても又違った展開になっただろうと思う。八ッ場ダムだけでなく、羽田空港のハブ化やJAL再建問題等の言動を見ても、やはり予断的発言が見られ、事実認識を疎かにする癖は直っておらず、依然として思い込みの強さだけが伝わって来る。それ以上に、八ッ場ダムの現場視察や現地をする前に結論を表明するというやり方は「友愛」を掲げる民主的政治家とは到底言えず、国家権力を振りかざして民意を押さえ込もうとする強権政治家という臭いが強い。この意識が民主党の政治家に特有のものだとしたら、極めて危険であると言わざるを得ない。

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薬物犯罪に執行猶予は甘過ぎる

薬物犯罪の罪を重くせよ   昨年は相撲界が大麻汚染で大荒れだったが、この夏はまたしても芸能界に薬物事件が相次いだ。六本木ヒルズの怪しげな部屋で起きた全裸女性死亡事件に絡むMAMD使用容疑の押尾学、裁判員裁判のPRビデオに出演したり中国の温家宝首相への特使となったり真面目で清純派だとばかり思っていた大物女優酒井法子夫妻の覚醒剤吸引・所持容疑。彼らはどのようにして薬物を手に入れていたのか?解明のためには拘留期限を延長して徹底的な捜査をする必要がある。「クスリ止めますか、それとも人間やめますか」と言われる程危険な薬物でありながら、初犯については「懲役16ヶ月、執行猶予3年」というのが一般的らしい。しかも量が軽微であれば「叱り置く」程度の「お目こぼし」もあるらしい。アジア諸国の多くが「死刑」まで想定した重罪犯罪と位置付けているのに対し、わが国の薬物犯罪の罪は軽過ぎる。薬物の輸入者・売人・製造者にとって薬物天国・麻薬天国と化す筈である。薬物の再犯率(逮捕者のみ)はほぼ50%と際立っているのも罪の軽さと無関係ではあるまい。速やかに麻薬犯罪については執行猶予を付けないように改め、罪も最高刑を死刑か終身刑くらいまで重くすべきである。薬物が六本木ヒルズや大物女優の間にまで及んでメジャー化していることにも驚くが、過去、薬物犯罪で逮捕された者を思いつくまま挙げても、三田佳子の息子の高橋祐也(覚醒剤)中村雅俊の長男で俳優の俊太(大麻所持)、五輪体操選手の岡崎聡子(覚醒剤所持)俳優の加勢大周(覚醒剤所持)ヒデとロザンナの次男加藤来門(大麻所持)歌手の桂銀淑(ケイ・ウンスク:覚醒剤使用)GENJI元メンバーの赤坂晃(覚醒剤使用)元サザンオールスターズ・メンバーの大森隆志(覚醒剤と大麻所持)元ドリカムの西川隆宏(覚醒剤所持)、更に遡ればフォーリーブスの江木俊夫(覚醒剤使用)等々勝新太郎にいたるまで枚挙に暇が無い。彼らの内の多くが再犯者でもある。薬物や麻薬の恐ろしさは逃れられない常習化にあるが、麻薬の売人は出来るだけ多くの常習者を作ろうとし、執行猶予の薬物犯罪者に対しては誘惑し近付いて来るらしい。こうして再犯の可能性が限りなく高くなるのである。世の中から麻薬を廃絶するためには麻薬の輸入・生産・販売者に対しては極刑で当たるしかない。量刑について早急に再考する必要がある。

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磯谷利恵さん闇サイト殺人事件の3人に判決

闇サイト殺人事件3人に判決   私自身は今まで死刑制度について疑問を持っていたが、最近の「誰でもよかった」殺人や人の心が微塵も無く残虐極まりない殺人などの凶悪殺人事件を見ていると、「やはり、死刑に処する以外どうしようもない犯罪者がいる」と認めざるを得ず、死刑廃止(代わりに終身刑)論が揺らいでいる。今日18日、名古屋地裁で一審判決が出た「磯谷利恵さん殺害闇サイト事件」もその一つである。この事件は、20078月、首謀者川岸被告が闇サイトで共犯者を募り、それに応じた見知らぬ神田、堀の両被告に「女性を拉致し、金を奪おう」という犯罪を持ち掛けたことが発端となって、偶々通り合わせた磯谷利恵さんが毒牙の犠牲になったという、見ず知らずの他人が集まって数分の内に凶行を決意させる「闇サイト」の恐ろしさが際立った昔では考えられない凶悪事件である。名古屋地裁の判決では神田、堀の両被告には死刑判決で、首謀者の川岸被告には無期懲役という判決が下ったが、首謀者が無期で、共謀者たちが死刑というのは解せない。メディアの解説では、首謀者川岸の「無期」は「自首」したことが減刑の理由だと報道されているが、首謀者川岸の法廷発言から見ても単に「逃げ切れず」と判断して自首して来たとしか思えない。「逃げ切れれば逃げよう」と考えていた犯人に減刑するだけの合理的理由は存在しないのではないか?理性は「死刑廃止」に傾くが、これらの凶悪事件に接するたびに感情はむしろ徳川吉宗の定めた「御定書百カ条」に共感が湧くのも否めない。御定書百カ条によれば、「人として恥ずべき動機」の事由によって数段階の死罪があり、「獄門(晒し首)」「死罪(打ち首)」「火罪(火炙りの刑)」「鋸挽きの上、磔(はりつけ)」「二日間(あるいは一日)(さら)し、引き回しの上、磔」というように定められている。彼ら3人が犯した罪は人畜にもとる犯罪で、「人としての恥」を基準としては量れない。江戸時代であれば、「獄門」か「二日間晒し、引き回しの上、磔」の刑に相当するだろう。

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麻生さん、「郵政見直し」解散したら?

麻生総理、「郵政見直し」で芽?   

  [2009.2.20追記] 小泉元総理がモスクワで「3分の2」麻生批判発言をし「再議決には欠席する」と断言したことが波紋を起こしている。まるで国会議員を私物化したような、政権禅譲の主らしからぬ非常識さと危うさが見える「無責任」極まれる発言である。正に「わが顔に降りかかる」、天に唾する発言で、郵政民営化に反対票を投じた「破門処分」に匹敵する。今回のロシア訪問も「国際公共政策研究センター」が派遣した仕事で公務ではないようだが、国会開会中にこんな勝手なことが許されるのか?(杉村太蔵議員も沖縄へ家族旅行していたらしい)。「国際公共政策研究センター」(理事長田中直毅、顧問小泉純一郎)というのは小泉氏の総理大臣退任を機に、財界(元トヨタ奥田会長ら)が挙って「秘かに」小泉さんのために作って与えたシンクタンクである。「秘かに」というところが如何にも政治家と財界との癒着を象徴するような話だが、引退した政治家に20億近い大金が注ぎ込まれている。これは一体、総理退任の餞別なのか?それとも自動車摩擦回避のお礼なのか?それとも郵政民営化のご褒美なのか?それともそれら全てなのか?小泉氏の怒りの裏が見えて来つつあるようだ。しかし、こんな自民党が政治のハンドルを握っていることが、この国をダメにしている。この点は民主党の一部も危うい。

  [2009.2.13追記] 麻生総理の郵政民営化絡みの「迷走?」発言が小泉元総理と森元総理を動かした。森氏や小泉氏が、郵政民営化は「小泉さんだけで、国民や議員の大多数が賛成ではなかった」と白状してしまった。小泉氏の改革についても行過ぎた改革と反省しているようである。野党議員が追求した訳でもないのに、突如として郵政民営化の裏の実情が曝け出されるにはそれなりの理由がなければならないが、一体それは何なのか?鳩山総務大臣が西川日本郵政社長を手加減せずに追求していることが底の方で小泉氏に影響を与えたのではないか?恐らく、鳩山総務大臣が西川社長を厳しく追及することで、次は何が暴露されるか?と小泉氏と森氏が危機感を抱き始めたのだろう。そうでなければ、引退を表明している小泉さんが態々(わざわざ)シャシャリ出て来て、「定額給付金の関連法律の議決に(郵政解散で獲得した)『3分の2』票は使わせない」と、与党らしからぬ妙な?発言をする筈はない。今日の自民党の慌しい動きは異常である。小泉、森、伊吹、菅…等々の発言の揺らぎは統制を欠き、麻生総理の「ブレ」を遥かに上回っている。これが政界再編の兆候であるのであれば、「バカにされっ放し」の麻生総理も自民党に大した義理はない筈だし、いっそのこと伝家の宝刀を抜いて「バカにするんじゃねぇ」解散に打って出るのも一策だ。今の国会議員に「ねじれ」国会を上手く運営出来る者なぞ一人もいやしないのだから、麻生さんは「揺るがない」自信を持って持ち前の「人柄」を武器に国民に信を問えば良いのだ。

  [2009.2.9追記] 郵政民営化の際の国会の追及が厳しくなるにつれ麻生さんの発言の迷走が際立ち始めた。各地の限界集落化状況を見ていると、私個人としてはやはり郵政事業は国営で行うべきという思いが強い。恐らく麻生氏、鳩山氏に限らず、内心そう思っている自民党議員は多いに違いない。その思いが正直に表に出過ぎたことが迷走の原因である。「郵政4分割の見直し」だけに限定していればよかったが、「総務大臣だったが反対だったので外され、竹中さんが郵政民営化担当大臣に就いた」と詳細に発言したことを、テレ朝が総裁選の時には「郵政民営化は私がやったんですよ」と発言していたことを暴露した。こと細かく丁寧に分かり易く説明する答弁姿勢はよいのだが、それが返って災いしている。鳩山大臣が「かんぽの宿」で挽回の切っ掛けを作ったように見えたが、今日の国会答弁で益々窮地に追い込まれたようである。テレ朝では麻生政権の支持率は▲5%ダウンの14%になったそうである。10%以下になっても延々と総理のいすにしがみついていた竹下元総理、森元総理を偲ばせる情勢になって来たが、全く先が見えない。一体、この国の政治はどこに向かうのだろうか?

  [2009.2.8記] 200925日、あろうことか麻生総理が国会予算委員会で「私は郵政民営化は反対だった」「総務大臣だったが反対だったので外され、竹中さんが郵政民営化担当大臣に就いた」と堂々と開き直った。一方では鳩山総務大臣が「かんぽの宿」のオリックスへの譲渡にNO!を突き付け、日本郵政の西川善文社長に噛み付いた。麻生・鳩山コンビ絶妙の「郵政見直し劇場」の始まりを思わせる。麻生氏の開き直り発言には「だったら、綿貫国民新党代表らのように行動で表わすべきだったのでは」という意見もあるが、それはそれで「ギリギリの妥協も政治家の選択」だったのだろうと述べるに留める。今日8日のNHKによれば、ジリジリと下降線を辿る一方であった内閣支持率が僅かだが初めて上昇した。郵政問題が好感されたのだろう。マウンド不整備で麻生さんの軸足が揺らいでいたのが、やっと「郵政」で固まったかのように見える。これまで麻生さんは「ブレてる」と評されて来たが、「ブレる」とは右に行ったり左に行ったりダッチロールすることを言う。麻生さんは右に左に行ったり来たりしている訳ではない。右から左へ徐々に軸足を移しているだけのことで、小泉・竹中政治で大きく揺れたまま一方の壁に貼り付いている「改革」のピンを一本、二本、三本と抜き取ったに過ぎぬ。改革には見直しと修正が必須である。この際、小泉・竹中政治からの脱却を旗印にして麻生・鳩山コンビによる「郵政見直し」を国民に直に問うてみてはどうだろう?恐らく、民主党といい勝負となるだろう。そして若干でも勝てば、政界再編ということになるだろう。麻生さんに訪れた最後のチャンスのように思える。

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八百長疑惑とファン心理

八百長疑惑とファン心理  10年ほど前週刊ポストで元小結板井が八百長を暴露したことがあるが、週刊現代の告発で横綱朝青龍を核とする大相撲の八百長疑惑が再燃している。大相撲が他のプロスポーツと最も異なっているところは、準優勝に賞金を設けていない点と一番一番に懸賞金が掛かることである。大相撲は優勝と三賞に賞金を設け、それ以外は「勝ち越し」と「勝ち星数」をもって身分と月給を定めて処遇するという特異な形態を採用している。本来なら月給制というのは八百長がしにくい制度である筈だが、朝青龍の場合は懸賞金の高額化が疑惑を濃くしているようである。「大麻」関取元若ノ鵬の「琴欧洲から八百長依頼」発言に続いて「千代大海・魁皇からも」という発言が火に油を注ぎ、更に泥沼化しそうな様相を呈して来た。「大相撲は国技だから八百長は許せない」と言う人もいるが、「大相撲はスポーツにあらず、所詮は興行に過ぎぬ」という見方をして、「少々の勝負の貸し借りぐらいは当然あるだろう」と許容している人も多いのではないだろうか。どちらかと言えば私などもそういう目で大相撲を楽しんでいる相撲ファンの一人で、むしろ「ガチンコ勝負か否か」を予想しながら日々の取り組みを楽しんでいる。千代大海も言っているように、「ガチンコか、そうでないか」ぐらいは見る人が見れば一目で判る。テレビで一人のファンが「77敗と95敗の取り組みの場合、一勝を譲るくらいのことはあってもよいだろう。それが日本人の心だよ。武士道にも武士の情けというものがあるじゃないか。それを八百長』と咎めるのは日本人から日本人の心』が失われて来たのだろう。寂しいネ」と笑って言っていたのが印象に残っている。日本人の曖昧さを象徴するような表現であるが、「窮鳥入懐 仁人所憫」という言葉もあり一面の真理であるとも言えよう。また、私の周辺にいる琴欧洲の熱烈な相撲ファンは「八百長だろうと何だろうと、勝って勝ち越す方が嬉しい」と言って憚らない。これもまた偽らざるファンの心情であろう。相撲ファンの多くは、一番々々の勝敗もさることながら、贔屓(ひいき)力士が「誰に勝ったか」「何枚目に上るか」「大関を維持できるか」「勝ち越しできるか」といった日々の悲喜交々を楽しみとしている。

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闇サイト犯罪には共謀罪を

闇サイト犯罪から守るために共謀罪を   名古屋市千種区で発生した派遣社員、磯谷利恵さん拉致殺害事件ほど残虐な事件はない。犯人3人は全く見ず知らずの仲間で、携帯電話の「闇サイト」を通して集結した犯罪集団であるらしい。犯人らは「殺人一人であるから最高でも無期懲役」と高を括っているようだが、裁判官には被害者の家族も望んでいるように「死刑」判決を期待したい。これによく似た犯罪は日本中の津々浦々で起こっている。この犯罪の温床となっているのがIT情報産業の発達によって生まれた「闇サイト」とか「裏サイト」と呼ばれるよるものである。良からぬ企みに同調した、日本中のあちこちの、見も知らぬ良からぬ輩が極めて簡単手軽に意を一つにして、犯行当日の指定時間に集結して一つの犯罪を実行したら、即刻解散し離散するというものである。これが「闇サイト犯罪」あるいは「裏サイト犯罪」というもので、ITが凶悪犯罪を手軽なものにし捜査を難しくしている面がある。今の刑法はこのようなIT情報社会というものを想定しておらず、法整備の方が遅れ遅れになっている。これらの凶悪犯罪を防止する一つの手立てとして、ロス事件の容疑者、三浦和義氏がサイパンで逮捕されたのを機に話題となっている米国の「共謀罪」のような「IT及びネット上の共謀罪」を新たに設けることが効果的であると思われる。米国では「犯罪の共謀」行為があっただけで、犯罪の実行行為を伴わなくとも「犯罪」とされ刑事罰が課されるが、わが国の刑法は「実行行為の着手」を要件としているので、「話し合った」だけでは犯罪とならない。従って、犯罪が起こってからでは遅すぎることが分かっているにも拘らず、「闇サイト」の中に犯罪予備集団を見つけても、彼らが犯罪行為に取り掛からない限り、警察は「手が出せない」ということになる。犯罪防止というより被害想定者の救護・保護さえ出来ないということが現実的大問題なのである。共謀行為を探知する手段として「盗聴の正当化」がなされたり「共謀しただけで手錠が廻る」といった点を憂慮して「共謀法」立法に反対する人が多いが、今のように凶悪犯罪や詐欺等のネット犯罪が蔓延っている中では、ネット上に明らかにこれから犯罪を企てている者がいる場合、限定的にしろ何らかの警察権を行使出来るようにすべきであろう。共謀罪が「両刃の剣」であろうと、人の生命が救われるのなら躊躇すべきではなく、防犯側も通信の逆追跡が簡単に出来るIT機能・技術を最大限に利用した方が良いだろう。暴力団やテロ集団や闇サイトや裏サイトに限定した形ででも早急に「共謀罪」を立法化するしか方策はないのではないだろうか。

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与党らしからぬ自民党と公明党

与党の責任   与党らしからぬ自民党と野党面の民主党が政権争いに汲々として現を抜かし、国民のための政治を放ったらかしにしている。私のHP上「ねじれ」状態の中での二院制における参議院のあり方」について提言しているが、政権を与(あずか)る与党の最大の責任は毅然たる姿勢と自信を示して国民の負託に応え国民に不安を抱かせないことにある。にも拘らず、デタラメな年金管理を正すこともまともに出来ず、また高齢者医療制度についても準備期間が二年間もあったにも拘らず施行後に制度の不備に気が付くお粗末さは、国民の不安を徒(いたずら)に増幅させているだけで、どこから見ても国民の負託に応えているとは言い難い。郵政解散後、安倍総理、福田総理と、政権と勢力保持に汲々とし過ぎたあまりガッチリと民意に置くべき軸足が浮わついてしまった結果である。政権与党なら政権党らしく、正々堂々と国民に負託の確認をするくらいの毅然さがあって然るべきである。その毅然さを国民は政治の安心として感じる。それが与党の責任であり、政治家の責任である。与党の「与」とは「与える」という意味である。国民に「善政を与える」使命を担っていることから「与党」という言葉が生まれたのだと思うが、安倍・福田政権は国民に何を与えたのか?道路特定財源問題では、「国民に与える党」というよりも「特定団体に与える党」に成り下がり、族議員と官僚のご機嫌ばかりを気にして国民の声を聞こうとしなかったように見える。その姿勢が広島2区の敗戦の原因でもある。沈没寸前の日本丸を立て直す手立ては解散より外無くなったが、多分、福田総理はひたすら耐えて任期満了の来年9月まで生き永らえるつもりだろうから、政経の混沌は益々深まるだろう。冬柴大臣の官僚迎合発言も目に余る。公明党も諌言する毅然さを持たねばならない。

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「偽」の年去って、来る年は?

行く年来る年   行く年2007年は組織的悪事行為が顕著に目に付いた「偽りの年」で、組織を挙げて国民を欺いた年であった。企業も、経営者も、官僚も、国会議員も、地方議員も、タレントも、警官も、検察も、弁護士も、メディアも、あたかも「実るほど頭を垂るる…」かの如く、如何にも善良に、如何にも謙虚に、如何にも丁寧に、如何にも順法であるかの如く振る舞って見せながら、実の姿は全てが利権群狼であり我利我利亡者であり虚言詐言を弄する輩であった。戦後のドサクサに紛れて詐欺・収賄・疑獄等の悪事に魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)したのは高々5060年前のことであるが、それも戦後教育によって価値観が変わった国民が同じようなことはしないだろうと善意に解釈していた。ところが、いつの世も悪人というものは左程変わりないと見え、やはり国民を買い被ってはいけないようである。個人的には性善説に立つべきであると考えているが、政治や刑罰的には性悪説に立つべきであると言わざるを得ない。と考えると、来る年2008年はやはり「偽」から始まるような気がする。せめて年の瀬には「信」か「誠」に変わるよう、福田政権に期待したいものだが、所詮は儚い望みか。

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薬害肝炎に福田サンタが現われた!

薬害肝炎に議員立法を決断   23日、福田サンタが突如「議員立法」と大書した大袋を背負って現われた。袋の中には今は「一律救済」というプレゼントしか入っていないようだが、来年1月の半ばくらいまでに盛り沢山のプレゼントが用意されることだろうと期待している。遅きに失した感は免れ得ないが、辛うじてクリスマスクリスマスを前に逸早く福田総理が決断したことは大きく評価できる。20日の「政治判断」から二日おいての急転表明で、ならば何故20日に議員立法の政治決断をしなかったのか、という議論もあるが、論語に「過ちを改むるに憚ること勿れ」という言葉もある。20日の和解交渉決裂という事態を迎えて失望と落胆に暮れて故郷に戻り「神も仏も無かりけり」の心境に陥っていた被害者原告団の人たちの喜びは一入(ひとしお)であろう。後はその大袋に「何を詰めるか」である。温かい「人の心」をしっかりと詰めて頂きたい。薬害訴訟の限界は、個人の損害と国の責任についての判定を司法に委ねた時点で基本的には社会正義という天秤に掛けられ、「権利と義務」あるいは「故意と過失」について合理的な判定を委ねるというところにある。一般の紛争にはそれでよいが、フィブリノゲン剤が自分の身体に使われたことを全く知らなかった被害者に対して国や製薬会社が「過失」論を展開できるだろうか?天秤に掛ける以前の問題であろう。そういう意味で、議員立法は正しい決断と言える。そもそも官僚機構の役目とは、憲法の精神を行政を通して国民に平等に具現するところにあり、勝手に法律を拡大解釈し実施するようなことは許されていない。民間であれば裁判で争うことも出来るが、官僚機構内では内閣法制局や法務省の見解を参考にするくらいのことしか出来ない。官僚というのは、様々の法律にがんじがらめに縛られ「法律の枠内」でしか脳は働かず仕事も出来ない人間と言っても過言でない。同じことは行政としての司法(下級審の判断)についても言える。彼らに斬新な発想や政策を期待するのは無理だろう。その点、議員立法権は憲法や社会正義に反しない限り新たな思想に基づいて新しい法律を作ることが出来る。無過失被害者を救済する法律を作るには最も向いている行政策であろう。

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「さくらパパ」、女性問題で早くも失脚か?

横峯良郎〖よこみねよしろう〗   女子プロゴルファー横峯さくら嬢の父で、参議院議員になったばかりの民主党議員。通称「さくらパパ」。女性問題、賭けゴルフ問題が週刊誌に暴露されて、目下、謹慎中だというが、隠していても民主党には何の解決にもならないのでないか。選挙に大勝した今は、国民は民主党の一挙手一投足について微に入り細に渡って注目をしている。当然、この横峯問題についても同様で、民主党の対応如何では「政権政党の器にあらず」という判断をする国民が現われることは想像に難くない。そうなれば、折角、民主党に吹いている追い風も凪いで、選挙違反を問われている議員を抱えて身動き取れずにいる自民党にとっては神風となり、風は再び自民党に吹き始めるかもしれない。災いを転じて福と為すには、小沢民主党は、議員不適者は一刀両断に切り捨てるぐらいの潔い迫力を国民に見せる必要がある。そうすれば、小沢民主党も一目置かれるようになる。それが出来ないようであれば、国民は、政権が自民党から民主党に代わっても大差ないのでは、と思うだろう。政権交替の風を止めないためにも英断が望まれる。しかし民主党は、横峯良郎氏のような、どこから見ても政治的信条があるようにも思えない妙な人間をどうして選んだのだろうか?今回の選挙は小沢代表が全て候補者選定には関わっていたと思われるのに、小沢氏らしからぬ失態である。報道されている事実(本人がTVに出て認めていた)からすれば、民主党は速やかに党籍を剥奪し議員辞職させるべきである。前の永田議員の時もそうだが、概して自党の議員に対して甘いのが政党である。週刊誌で暴露した愛人の話では、横峯氏は「秘書給与を愛人手当てに」ぐらいの認識しかないようで、真面目に政治に関わろうという姿勢も窺われず、国会議員にあるまじき人間と言わざるを得ない。

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郵政民営化凍結法案を提出

郵政民営化凍結法案〖ゆうせいみんえいかとうけつほうあん〗   89日、小沢民主党が10月に迫った郵政民営化を一年延期する法案を参議院に提出した。いみじくも年前の今日、郵政民営化法案が参議院で否決されるや、小泉総理が「郵政民営化を国民に問う!」と国民投票のような意味を持たせ自民党の反対議員に対しては「自民党をぶっ壊す!」と声を荒げて衆議院を解散した記念すべき日である。この解散自体は議会制民主主義に礎を置くと定めている日本国憲法の趣意に明らかに違反していると思うが、この解散総選挙によって小泉自民党は大勝し、一見、国民は郵政民営化を選択したかの如く自民党は喧伝した。しかし、賛成表と反対票を国民投票的に分類してみると、実は100万票ぐらいの差で反対票の方が多いのである。当選議員数で見ると民営化賛成が勝ったように見えるが、実際の票数では国民は「民営化にはNO !」という意思表示をしているのである。特に、集中的に槍玉に上がった(地方の小さな町村部に多い世襲制の)特定郵便局という変形公務員制度は非近代的な特権で保護されていたきらいがあり改正見直しの必要はあるが、限界集落化しつつある(年金生活者ばかりになりつつある)田舎の最後の社会資本施設として僻地地域に多大の貢献をしていたことは否定できない。現に東北のある小さな市では、郵政公社になってから特定郵便局の統廃合が激しく行なわれ、更に市町村合併によってバスの本数も減って「年金を引き出しに行くのにまる一日掛かるようになった」という悲鳴のような声も聞かれる。格差拡大というよりも弱者切捨ての感が強い。そういう意味で、郵政民営化を一年凍結してもう一度見直すという小沢民主党・綿貫国民新党・福島社民党の考え方は極めてリベラルと言え評価できる。日本が健全に発展するためには、「地方を如何にして生産地区にするか」ということが最も重要な課題である。四方を海に囲まれている狭い国土のわが国は生産地と消費地の距離が短く、高速道路の料金を無料化するだけで、水産漁業、農林業、酪農業、観光業等を再生することは難しくは無い。過疎地や限界集落を誕生させることは、結局、再生産のない投融資を増やすことになり国力を低下させる。食の安全と食の自給率が課題となりつつある今、過疎地再生の種子とも言える郵政事業という社会資本のあり方を見直すことは良いことである。

   →国民が「NO!」と言った郵政民営化(以久遠氏の美とビジネスと趣味 #82-0510)

      →民営化は社会を豊かにするか?(以久遠氏の美とビジネスと趣味 #86-0602)

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文科省の「天下り力」、山形大学学長選挙

山形大学学長選挙〖やまがただいがくがくちょうせんきょ〗   726日、山形大学は学内外の委員で構成する学長選考会議を開いて、前日25日の教職員投票による「学内意向聴取」において小山清人工学部長(378)に次いで次点(355)であった結城章夫(前文科省事務次官)を決定した。学長選考会議では「学内意向聴取」投票の上位3人が選考されることになっているらしい。その結果、結城氏が10票を得て、小山氏(4票)に圧倒的な逆転勝利となった。これには、制度と学長について仕組まれた「良からぬ匂い」がふんぷんと漂っている。文科省の意を汲んだ学長選考会議を設けて文科省の「天下り力」を温存しようとする官僚の思惑がありありではないか。文科省が、「何故に屋上屋を重ねた二層構造の選考会議制にしたのか」という目的が見えて来る。そもそも国立大学の独立行政法人化そのものが、国立大学の効率化と教育予算の削減を目的に、将来の道州制を見据えて、増え過ぎた国立大学(新制大学のことだろうか?)を整理しておこうという意図が垣間見えるものであるが、特に今回の山形大学の場合、「地方のことは地方で」という国の行政姿勢が表向きの綺麗事であることを暴露したとも言える。全国津々浦々の国立大学を独立行政法人として文科省から独立させたように見せ掛けてはいるが、その実、大学教育予算でもって強い影響力(マネージメント力)を恒に持ち続けようとしているようにしか見えない。国立大学を真の独立行政法人として独自に成長発展させるためには、学長選挙を文科省の息がかからない公平公明な選挙制度としなければならない。そのためには、山形大学学長には今回の学内選挙で選ばれた小山氏が学長に就くことが最も望ましいと言える。全国の独立行政法人大学のためにも、大学の自治のためにもそうあるべきである。

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国技か?興行か?

八百長疑惑〖やおちょうぎわく〗  10年ほど前、週刊ポストで元小結板井が自らの八百長を暴露したことがあるが、週刊現代の告発で横綱朝青龍を核とする大相撲の八百長疑惑が再燃している。「大相撲は国技だから許せない」という見方もあるが、大相撲はスポーツにあらず、所詮は興行に過ぎぬと見れば、少々の勝負の貸し借りぐらいはあるだろうと推測している人は多いのではないか。私などは、そういう目で大相撲を楽しんでいる相撲ファンのひとりで、ガチンコ勝負か否かを予想しながら一番々々を楽しんでいる。見る人が見れば「ガチンコ」かそうでないかぐらいは一目で判る。相撲協会は「財団法人」ということを再自覚して、相撲ファンや観客を白けさせないプロデューサーの役割を果たして貰いたい。

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産む機械

柳沢厚生労働大臣〖やなぎさわこうろう大臣〗   松江で、女性は「産む機械」と非常識極まる発言をした。東大を優秀な成績で卒業した大蔵官僚あがりらしいという先入観で、幅広い見方の出来る頭脳明晰な人だろうと勝手に想像していたがさにあらず、日本語に弱いのか、表現力に欠けるのか語彙力が貧しいのか、あるいは根っからの差別(女性蔑視)人間なのか、いずれにしても人格思想に問題がある。生身の女性を「産む機械」に喩えるしか能が無いというのは、「現象の一面しか見ないで結論を出す人間」であることを自ら証明したようなものと言える。「ホワイトカラー・エグゼンプション」法律の成立を企むのもむべなるかなと思わざるを得ない。この程度の能力しかない人間に労働行政を任せる訳にはいくまい。国民の声を政治に反映するのが安倍総理の公約ではなかったのか?安倍総理は何を意図して任命し、何を意図して辞めさせようとしないのだろうか?

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夕張市再建

国営夕張市〖こくえいゆうばりし〗   財政破綻した夕張市は今後どうなるのか?メディアの報道では数100億円の債務を夕張市民に負担させるような論議がある。しかしこれは奇怪である。夕張市民が犠牲を負わなければならない法的根拠は何処にあるのか?夕張市の財政を破綻させたのは夕張市民ではなく為政者の失政にあることは明白である。ならば、徳川時代の幕府直轄領のように「国営夕張市」とし、代官ならぬ出向国家公務員が市長の役目を担って財政再建を図ることにでもしなければなるまい(行政を監視する機能は必要。さもないと「酷営」になりかねない)憲法第85条【国費支出と国の債務負担】から言っても、夕張市の失政の責任は行政の最高機関である国が肩代わりをしなければならない。そして、市民に対してはこれまで通りの税負担とこれまで通りの「国の福利」を保証しなければならないのではないのか。政府は、夕張市民が夕張市民である前に日本国民であることを忘れてはならない。夕張に住み続ける人に犠牲を強いぬよう総務省は速やかに夕張再建構想を発表すべきである。ゴーストタウン化してからでは遅い。

      

       → 受益者負担という社会 (#46)

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報道も所詮は商いか

ヨイショ・メディア〖よいしょmedia〗   「ヨイショ」とは盲目的かつ恣意的迎合行為である。昔は、NHKの政権与党寄りの報道論説が顕著であったが、最近は民放の方が非道い。NHKの方が舌鋒鋭く痛烈に論説していることさえある。きちんと報道し解説批評するジャーナリズムが影を潜めた。何故こうなったのか、要因はいくつか想像できるが、政権与党に擦り寄った「ヨイショ」メディアや「ヨイショ」コメンテーターの論評には耳目を覆いたくなる。社民党や日本共産党の意見など聞こうともしない、まるで幇間のような「ヨイショ」報道番組があるが、ジャーナリスト精神を喪って国民に情報を正確に伝えなくなった報道番組は政府の情報操作に加担しているようなもので国民にとって害こそあれ益無しである。段々手に入れる術が少なくなっているが、国民はどうやって正しい情報を得たらよいのだろうか。

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過疎化にアクセル、郵政民営化

郵政民営化〖ゆうせいみんえいか〗   小泉首相の異常なくらいの粘着質体質を象徴する行政策。衆議院通過、参議院反対となるや、あろうことか衆議院を解散するという歴史に残る愚政により実現したが、政策を政局化させたことで悪政に名を残した。武部単純幹事長を先導役に、同じような単細胞体質の竹中総務大臣と二人三脚で、憲法違反の疑いさえある郵政解散(衆院可決→参院否決→衆院解散→衆議院総選挙)を強行し、再度強引に衆院可決という荒技までして民営化法案を通した。過疎村の最後の社会資本とも言える特定郵便局を廃止して過疎化を更に進行させるという、取り返しのつかない愚を行なった。

           →国民が「NO!」と言った郵政民営化 (#82-0510)

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有能 or 「You, No !」

有能〖ゆうのう〗   「能ある鷹は爪隠す」と言うが、爪は時々は見せなければならない。さもないと現代では、「You, No !」となる。 即ち、「あなたは要らないよ!」という訳である。金儲けを目的にする企業社会、いわゆるビジネス社会においては往々にして「優秀」であるよりも、「有能」であることの方が喜ばれる。

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