カテゴリー「は行」の49件の記事

普天間基地移設と憲法改正

沖縄米軍基地移設と憲法改正   [2009.11.9] オバマ大統領の初来日を目前にして普天間米軍基地の辺野古への移設が混沌として来た。鳩山首相以下民主党は選挙前や選挙中「国外移転」あるいは「悪くとも県外移転」を唱えていたらしい(マニフェストには明記していない)。ところが政権党となって米国との協議が進むにつれて岡田外相や北沢防衛相の発言のブレの幅が大きくなっている。岡田外相は「嘉手納基地への併合・統合」案を唱え、北沢防衛相は「やはり日米合意どおり辺野古しかない」と前言を翻し態度を米側へ軟化させた。それでも鳩山総理は「最後は私が決定する」と涼しい顔をしているが、独裁政権ではないのだからその発言は乱暴過ぎる。選挙のとき沖縄で声を大にして唱えた国外移設や県外移設について一言の説明もないというのは問題である。党の最高責任者として国民に対してきちんとした説明をする責任がある。さもないと、何の根拠もない単なる「思い付き」の、選挙目的だけの発言だったと見做されても仕方ないだろう。岡田外相発言についても、いくらかでも沖縄を知っている者であれば、沖縄本島の中心部に位置し更に那覇市街地区に接している嘉手納基地への移設統合が適さないことぐらい、誰にでも分かる。むしろ普天間同様、嘉手納も移転すべき基地である。それにしても鳩山総理は、何故に自分自身の方針を表明しないのか?何故に笑みを浮かべて黙していられるのか?何とも解せない態度であるが、つらつら考えるに、その裏には「憲法改正」問題が絡んでいるのではないか、と想像している。鳩山氏も小沢氏も強硬な憲法改正論者である。結論から言えば、沖縄の米軍基地問題は、憲法9条を改正して早急に自衛隊を「軍」にすることで一挙に解決できる、と考えているのではないか。即ち、自衛隊が軍になれば、日米安保も韓国と同じような積極的な形で構築することが期待でき、日米地位協定問題や集団的自衛権問題も自ずと消滅し、オバマ大統領も、米軍をグアムに集結して人員も減らし経費も安く出来るというメリットが生まれるので時間を貸して欲しい、といった提案でも考えているのではないか?(しかし、これは米軍再編成戦略に時間的に間に合わないため、オバマ大統領が納得する筈はない。)そうなれば当然日本としては、米軍が撤退した分、軍隊・軍備の増強が必要となる。そのためには今から公務員の削減を図り、無駄な経費を削減して備えることが必須となる。当然、憲法改正には国会の「3分の2」の議決と国民投票による決議が必要となる。そのためには民主党への国民の支持が絶対要件となる。民主党は一般国民受けのするマニフェストを掲げて大勝したが、最近のブレ振りを見ると、この前の選挙は国民を騙して票を集めた、まるで詐欺のような選挙だったのかと勘繰りたくなる。改憲派議員は自民党、国民新党、民主党に大勢いるが、これら全ての党が統べて改憲で一致している訳ではない。殊に民主党については一回、二回当選議員が大半で、護憲派と改憲派の呉越同舟の状態にある。この様な状態で改憲を表に出せば如何な小沢民主党と雖(いえど)も、分裂・離脱が起こるだろう。改憲を狙う小沢氏・鳩山氏としては、折角、多数を占めたにも拘わらず、民主党が分断したのでは意味をなさない訳で、党としては何としてでも彼らを改憲派議員、即ち「右向け右」議員に育てる必要がある。ちょっと穿(うが)ち過ぎた見方かも知れないが、案外、鳩山総理と小沢幹事長は「教育」と称して、今、秘かにその目論見を実行に移しているのかも知れない。

|

羽田空港のハブ化は実現可能か?

羽田のハブ空港化より新設を   前原国交大臣が突然、羽田のハブ空港化を言い始めたが、本当に実現性はあるのだろうか?彼の発想は根拠のない思い付きのように思えて、極めて疑問である。ハブ空港とは、広大な用地を有していること、24時間発着が出来ること、国際線から国内線への乗換えが手軽であること、近くに貨物の物流基地や高速道路があること、国内や近隣国に24時間かそれに近く稼働している傘下空港を抱えていること…等々の立地条件をクリアーしなければならない。これらから見ても成田はハブ空港としての条件を満たしていないと断言できるが、羽田はどうだろうか?羽田をハブ空港化するということは、世界各国から飛来する航空機が常時着陸できることが必須の要件であり、また到着した航空機が一定時間内に羽田を離陸する態勢が常時取られなければならない。即ち、ハブ空港としての絶対条件は大型航空機の速やかな離発着が24時間可能であることである。しかし、日本の空港は住民への騒音対策から深夜の稼動が出来ない。ということは、広大な航空機の駐機・待機スペースを用意しなければならないということになる。深夜の発着が出来ないということは必然的に滑走路の生産性が落ちる訳で、当然その分は空港使用料や空港ビルの坪単価に諸に影響する。また、住宅地に近い空港は近隣住民への騒音補償などにも大きな経費が掛かる。その結果、近隣ハブ空港との競争力が低下し、経営上の最大のネックとなる。住宅地の直ぐ傍にある羽田をハブ空港に転換すると直ちにこの難問にぶち当たる訳で、近隣住民が24時間稼動をすんなりと認めて呉れるだろうか?各地で起きた空港建設時の激しい反対運動から見ても解決は物理的にも時間的にも容易ではない筈だ。何が何でも本格的なハブ空港を作ってアジアの拠点になりたいのであれば、富士山の乱気流が問題だが、一層のこと富士山麓の青木ヶ原原生林を開拓して作るくらいのことを考えたらどうだろう。ここなら人間も住んでおらず、空港と首都圏や中京圏を時速500kmの超高速鉄道(JR式リニアモーターカー)で結べば30分圏となり東西の拠点ともなり得るし、東名高速(第1、第2)を使った物流網も構築しやすい。更に、沼津辺りに海のハブ港も作れる。

|

鳩山大臣VS西川社長、行方と影響&続編

後任は何と!「渡り」官僚

     [2009.10.21追記] 西川氏の後任は現在73歳で元大蔵事務次官、現在東京金融取引所社長の、小沢氏と極めて近い斎藤次郎氏とのこと。何でまた年寄りを!?。もっと清新溌溂な人物はいなかったのか~。「天下り」や「渡り」が社会問題化している世相の中で、鳩山氏らは選りによって若くもない官僚上がりを選んだようだが、この選択は鳩山氏の政治センスに「?」が付くことになるだろう。人気をバックに押し切れると踏んでのこととすれば、遂に「驕り」が顕われて来たと言わざるを得ない。権力が目を眩ませることを知っている筈の賢い鳩山氏が、自分の人気の源が「見た目の謙虚さ」にあることに気付いていない筈はないと思うのだが…。今の状況から見ると、国会が始まれば支持率は見る見る低下するのではないだろうか。

西川社長、辞任表明

   [2009.10.20追記] 今日、やっとのことで西川社長が辞任を表明し、社長人事に決着がついた。取り敢えずは郵政利権が特定の企業や少数の個人に私される寸前で国民の財産が守られたことは喜ばしい。次は残った経営陣、少なくとも常務以上は全員入れ替えるくらいの荒療治が必要だろう。その上で、過疎化と限界集落化が進行している地方・地域住民への金融サービスと郵便サービスを柱にした「国民のための郵便局」事業を推進することが肝要である。旧郵便局ネットワークが重要な社会資本の一つとなっていた地方は多く、再構築が望まれる。そのような地区で郵便局の存在価値を効率という物指しで判断すれば、治世を誤まること火を見るより明らかである。都市部については考慮の余地があるが、必要なら地方の郵政事業については切り離して公営事業にすることも検討の余地があるのではないか。しかし、郵政民営化問題が無かったら、政権交代は無かったかもしれない。西川社長に対する鳩山邦夫元総務大臣の「正義」対決によって国民は目を覚まされ、日本の政界・政治の汚れを赤裸々に見ることとなり、真剣に「洗濯」の必要性を感じることとなった。その結果が前の総選挙での政権交代であった。郵政民営化は、国民に「デタラメ政治の功罪」を知らしめ、政治参加の重要さを教えたという効果をもたらした。後任社長には人格・識見の高邁な正義漢的人物を期待する。

鳩山大臣VS西川社長、麻生氏の支持率は?

   [2009.6.12追記] 今日午後、思い掛けなくも鳩山総務大臣が麻生総理に辞表を提出した。提出後の会見で鳩山邦夫氏は「汚れたことを許してはならない。それを通すのは政治ではない」というのが私の信念だから「潔さ」を大事にしたと述べ、西郷隆盛が「今般政府に訊問の筋あり」と質した言葉を借りて「(征韓論の)意見の違いから、岩倉具視に『岩倉公、あやまてり』と言って潔く政府を去った西郷隆盛翁の心境だ。いずれ(一年以内に)歴史が私の正しさを証明してくれるだろう」と述べて内閣を去った。まさに、悪が正義を駆逐する妙な格好になって、わが国の政治のレベルの低さを象徴した事件である。彼に期待していた多くの国民が失望した以上に、麻生総理を担いで来た鳩山氏自身が一番失望し無念だったのではないか。これで麻生総理の支持率も暴落し自民党支持者も大激減するだろう。「一年以内に歴史が証明して呉れる」という最後の言葉が何を示唆しているのか、鳩山邦夫氏の今後の動きから目が離せなくなった。新党結成か?それとも、某党との合併構想か?

   [2009.6.10記] 今日9日の参院総務委員会で鳩山総務大臣と西川日本郵政社長の直接対決があった。鳩山氏の眼光鋭く堂々たる姿に対してやや前屈みでいじけて見える西川氏の姿は、見る者に「正の鳩山、邪の西川」という印象を抱かせただろう。かんぽの宿払い下げ問題、障害者郵便の料金不正問題、簡易保険金不払い問題等々、数々の出鱈目を見逃して来た統治力不在の経営姿勢は「引責辞任」を問われて然るべきである。むしろ自らの無力さを恥じ、自ら率先して進退伺いを表明すべきである。それを「民営化をやり遂げる責任がある」と「居座り宣言」をするなど、以ての外である。このような状況下、監督官庁の責任として「正義」を通そうとする方が毅然として恰好良いことは言を俟(ま)たないにしても、今日の西川氏の表情には以前のような挑戦的言動が消え、大臣の「再任拒否」に対しても「法律に従う」と、暗に「辞任も已む無し」とも取れる発言だったのは意外だった。思わぬ展開が起こるかも知れぬ。この問題が発生した途端、政界から引退を表明している小泉元首相やとっくに引退している竹中元総務大臣がノコノコ、度々、メディアに登場して声を荒げて鳩山総務大臣を批判し、麻生降ろし発言をしているのは異常な光景である。彼らは一体何を目論んでいるのか?何か不味いことでもあるのか?小泉・竹中の息の掛かった者で構成されている取締役会や第三者委員会ばかりでなく、更にもっと深い暗い闇を勘繰りたくなる。西川問題は麻生総理支持率や自民党支持率に少なからぬ影響を及ぼすだろう。勿論、鳩山氏を辞めさせて西川氏続投という判断をすれば支持率は一桁台へ急降下し、逆に鳩山氏はそのままで西川氏を辞めさせればかなり上昇することは間違いない。中川、石原、町村、森ら、郵政民営化派や旧森派の面々が麻生降ろしに動いているようだが、彼らの言動が自民支持率を旧降下させている因であることに気付いていないようである。その点、公明党は国民の顔色を窺って西川不支持を匂わせ利巧である。麻生総理は、この際麻生、鳩山、河村を核にして、小泉・竹中コンビがぶっ壊した自民党と国民生活をもう一度ぶっ壊すくらいの威勢を持って、小泉・竹中政策に「NO!」を突き付けたらどうだろう。自民、民主がそれぞれ内部崩壊するかも知れないが、恐らく国民からは大喝采を得、国民の大きな支持を得ることになるだろう。

|

橋下知事は、独裁者願望?弱者の心意を汲まず

橋下氏は女子職員が嫌い?

   [2009.10.9追記] またまた府庁の女子職員とトラブル勃発。TV報道によれば、知事メールに反論した女子職員のメールが「礼を失している」ことが原因のようである。だとすれば、他愛の無い話の一言で片付けられる筈だが、橋本知事には丁度一年前に府庁の女子職員との口論バトルが記憶に残っている。不満不平を表明する男子職員はいつの間にか消えて見えなくなったが、大阪の女性は意気軒昂でなかなか良い。しかし、橋下氏は府政を民間企業に模し自らを社長に譬(たと)えるのが好きなようで、今度も「社長を『お前』と呼ぶ社員がいるか」とか「(上司に対する)物言いが非常識だ」などと怒って処分までするらしい。大人気無い話だと思うが、何で女性にばかり当たるのだろうか?彼の過去の過激な言動から推測すると、案外、男子職員の口封じを意図してのことではないのか?公務員に隷従義務が無いことは勿論だが、橋本知事は、府政に従事する公務員は上司に絶対服従する義務があるとでも考えているのだろうか?弁護士とも思えぬ偏向発言が多すぎる。そもそも公務員法というのは、たとえ暴君知事が出現しても、行政が歪まない様に公務員の身分を保証し、不正の告発を義務付けていることを忘れてはならない。「お前」と呼ばれたくなければもっと人間を磨く努力をする謙虚さが必要だろう。行政とは「弱者の目線、弱者の歩調」に合わせて行なうべきものである。ということは行政には効率やコスト意識で計れない分野が存在する。効率とコスト削減を求めて何でもかんでもやたら民間に移転すれば良いというものではない。

橋下府知事、園児の「芋畑」に代執行 

  [2008.10.17追記] 橋下府知事には「人の心」が無いようである。16日、大阪府(代執行者は橋下知事)は、第二京阪道用地の門真市の保育園の収穫目前の芋畑に対して行政代執行を実行して破壊し、今度は幼気(いたいけ)な園児たちの楽しみを奪った。あと二週間経てば自分たちが植え水を与えて育てて来た夢が現実となって芋が収穫できると、園児と保護者たちがその日を指を折って数えていた楽しみと、焼き芋を作って収穫祭を開き園児たちを喜ばそうと企画していた保育園の先生方の優しく暖かい心をも踏みにじったのである。何とも大人気無く、情けない。義務教育でないために教育基本法に触れることではないが、幼児教育の一環であることは間違いない。橋下知事は、この行為が保育園児の心の深層にどれほどの重大な影響(「原体験」教育)を与えたか、気付いていないようだが、幼児期の心身健全成長教育の面から見ると看過できない重要な事件である。彼は、物事の重要度を、何かと言えば直ぐ「金額に評価替え」して説明しようとする癖がある。この一事から見ても「お金」のためには「人の心」も踏みにじっても良い、という考えの主であるようだ。弁護士は人の心を正しく理解出来ない人間でも務まるが、政治家は人の心と共感出来なければ務まらない。橋下氏は、二週間遅れることは7億とか25億円の損だと言っていたが、府民一人当たりにすれば100円か300円足らずの負担にしかならない。人を思いやる優しく暖かい心の人間を育てるためにはむしろ「安い」投資であろう。「たったの二週間」も待てない橋下氏は資質的に知事資格がない人のようである。

橋下府知事の「隠し撮り」 

  [2008.9.9追記] 橋下府知事は余程「脅迫」、「強迫」がお好きと見える。それとも、府民の目を意識する余りの単なるパフォーマンスだろうか?依然として、子供図書館職員の働き振りを私設秘書にビデオの隠し撮りをさせたり、教育委員会を「クソ教育委員会」と詰ったり、手を変え品を変え、橋下府知事の専横振りが止まないようである。働き振りやあり方について不満や疑心を抱くこと自体は悪いとは言わないが、もう少し民主的な言い方や方法があることぐらい、弁護士なら百も承知の筈であるが、どうも稚拙極まりない。マスコミ報道で知る限り、現時点で評価しても評論家かコメンテーターの域を出ることは出来ないだろう。やはり、最終目標である府政や府庁の大改造のためには、府庁の中に多くの味方を作ることを考えるべきで、そのためには民主的に共感を得る方法を思考すべきである。残念ながら、今の姿はタレント弁護士のパフォーマンスにしか映らない。もっと賢くなれ、と言いたい。

橋下府知事の「自分勝手主義」

[2008.7.16追記] またまた橋下知事の我儘(わがまま)振りが露見した。知事日程では「庁内執務」となっていたが、人件費や私学助成の削減を盛り込んだ08年度予算案の重要審議が府議会委員会で始まった14日午後、橋下知事はあろうことか、公用車で府庁から北区のフィットネスクラブに行っていたらしい。府庁内からは「公私混同」との批判が出ているようだが、橋下知事は事実関係を認めながらも、自分に不利と見るや得意の論法で、「府民の判断に任せる」と開き直っているようである。自分の行為の善悪ぐらい自分で判断したらどうか?甘チャン根性も甚だしい。知事には残業手当が無いとか、休みが無いとか、居直り発言癖は未だ直らず、喫煙や私語時間分の給与をカットするだの、何だのと府庁職員をイビるような今までのパワハラ的言動から察すると、身体の芯から「公私のケジメ」が身に付いていない人物のようである。府民との約束である公約もどんどんトーンダウンし実行は程遠くなっているようだが、それでも大阪府民は支持しているというのだから訳が分からぬ。

橋下府知事のパワハラ 

  [2008.6.19] 府知事就任後、橋下知事は、府庁職員や市長や外郭団体の長などと何かと物議を醸している。今度は府庁職員との間で「自分のやり方に不満があるなら、職を変えろ」と発言したことが橋本府知事のパワハラとしてまたまた物議を醸している。就任当初の頃は、弁護士にしては不用意で稚拙な発言が多いなという印象を受けていたが、それでも百戦錬磨の弁護士ならではの橋下知事一流の戦術だろう、と善意に解する努力をしていた。しかし、この「職を変えろ」発言はどこから見てもまともな弁護士の言う言葉ではない。「私が嫌なら、辞めろ」と言わんばかりの発言は、橋下知事が独裁者と恐怖政治そのものを目指しているという印象を与える。職員たちから「パワハラ」と指摘されても仕方あるまい。去る17日の府内43市町村長との意見交換会席での橋下知事の泣きべそ顔の下に彼の幼い素顔が見え、やっぱり、という思いと、彼を買い被っていたことを覚ったが、弁護士たる者としてこれ以上の恥はあるまい。こんな激情型(劇場型?)の人間が公平無私かつ高邁なる冷徹さを要求される裁判官になっていなくて良かった。ところが、大阪府民たちは橋下氏を熱烈に支持しているというから、橋下知事も分からんが、大阪府民も分からない。知事は府庁職員たちを「やる気が見えない」と言っているようだが、府庁の職員を敵に廻して改革が出来るとも思えない。知事に求められるものは、むしろ彼らにやる気を出させるマネージメント力であろう。それから、橋下知事が何でもかんでも民間企業と比較するのは如何なものか?仕事の権限と範囲が法律で定められて勝手な行動が許されない一般公務員の勤務態様と、民間会社の勤務態様とには自ずから違いがある。それを、「自分のやり方に不満のある者は去れ」と言わんばかりの発言は、民間企業であれば「不当労働行為に当たる」と言える。定年まで働こうという気で公務員になっている一般公務員に対し、行政特別職公務員である知事はもっと発言に気を付けるべきであろう。未だに芸能プロダクションに籍を置いているのも良くないし、自分に甘い(と言うより手前勝手な)発言も良くない。

|

鳩山総理、官僚の記者会見禁止を緩和

立法府と行政府の権限   鳩山政権が胎動し始めた。初めての政権運営にしては60点くらいの合格評価点を上げてもよさそうである。ただ、政治主導に拘る余り、官僚の記者会見まで禁止したのは行き過ぎで、「見える政治」を標榜した民主党らしからぬ方針だと思っていたが、「過ちを改むるに憚ること勿れ」の言葉通り、速やかに大臣の指示・同席ならOKと改めたのは謙虚で良い。しかし十分とは言えぬ。納税者である国民は三権に対して「知る権利」を持っている。即ち、立法府も行政府も司法府も国民の「知る権利」に対して「答える義務」「説明する義務」を負っているのである。これが国民主権であり民主主義を意味する。行政(官僚)から発言の機会を奪うことは「立法権の行政権侵害」、即ちファシズムの胎動と危惧されても仕方が無いだろう。そもそも、憲法65条は「行政権は内閣に属する」、同41条は「国会は国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である」と明記しているように、国会(立法府)と内閣(行政府)の独立権を謳(うた)っている。国会を構成する者が国会議員であり、内閣を構成する者も国会議員であるために、時として国会議員は立法権と行政権の両方を握っているような錯覚に陥ることがある。政治とは、国家、国民の姿を意図しそれを国会において意思決定(立法化)し、内閣と省庁(官僚機構)それを実行するというものである。即ち、立法府(国会)の役割は意思決定までで、意思決定されたものを実行に移すのが行政府(内閣)の役割となる。立法府=国会議員、行政府=大臣・官僚・国家公務員という訳だが、それぞれに発信の機会を与えるのが民主主義で、国民の「知る権利」にも応えるものでなければならない。この15年~20年くらい、自民党政権は立法も行政も何も彼も官僚に「おんぶに抱っこ」の有様で、立法権を自ら放棄していたような観があった。当選回数順に何もせず何も知らない国会議員が大臣になるのであるから、行政官である官僚が国会議員に代わって立法業務にも携わるという慣例が出来るのは当然である。日々、大臣や政務官が野党や国民からバカにされているのを見ていれば、官僚が横柄になるのも致し方あるまい。その点、昔の自民党内閣は優秀で事務次官(行政の事務方トップ)よりも力を持っていたが、いつの頃からか事務次官や官僚が内閣(行政のトップである大臣)を軽んずるようになったのも必然だったように思う。そんな体たらくであったから、野党に「官僚主権」と揶揄されて来たのである。これは見方を換えれば、自民党は、何事も官僚に頼らざるを得ないほど無能力なあるいは能力の低い候補者を公認し、彼らを国民が選んだ結果だと言うことも言える。こうして徐々に官僚の力が増し官僚主権と言われるまでに横暴を許すことになったとも言える。鳩山新政権がこの点を改めるべく官僚に劣らぬ学歴(東大等)の議員で内閣を構成して、事務次官会議のあり方にメスを入れたことは勇気ある決断であった。鳩山氏がいい意味で怖いもの知らずのお坊ちゃん育ちだから出来たと言えるかも知れない。ただ、新政権の目玉である国家戦略局()や行政刷新会議などは、その内容がまだ明らかになっていないので断言は出来ないが、立法府と行政府の境界が微妙なだけに、お互いが主権の侵害を犯しかねないという懸念があるが、真の国民主権の政治を確立するためには情報も議事も全てがオープンになることが最も重要である。オープンな所には、変化の陰に必ず生まれる茸のような族議員も育ちにくいだろう。自民党には是非再興して貰いたいが、そのためにはこれらのことが大いに参考になるだろう。さもないと、4年後、国民の信頼は戻らないかも知れない。

|

鳩山民主党内閣誕生

鳩山新内閣の顔触れ   16日、「官僚主導から政治主導へ」を唱えて第93代内閣総理大臣鳩山由紀夫民主党政権が誕生した。歴史に残る日である。民主党政権を誕生させた最大の功績者は他ならぬ小泉元総理である、と言って過言ではない。小泉元総理が自分の意見に反対する自民党議員を抵抗勢力と名指しで弾劾し排除する選択をしたことが、これまで派閥の理念の相違には目を瞑り呉越同舟の懐の深さが魅力であった自民党を薄っぺらな党に印象させてしまい魅力無きものにした。また、「郵政民営化はYESかNOか」だけを問うた解散は鉄の結束を誇って来た自民党を呆気なく分裂させ、結果として自民党を弱体化させた。更に、格差拡大をもたらし貧困階層を増大させたことが、政策の内容に然(さ)程の違いがあるとも思えないにも拘らず、地殻変動を思わせるような自民党の否定に向かった。今、国民は民主党を選択したことが正しかったのかどうか、不安と期待を持って見つめている。新内閣の特徴は、私学出身者が6名と、田中角栄内閣以来続いた私学出身者が激減し、東大を筆頭とする官学出身者が12名と官学出身者重用内閣となった。特に、政権中枢に理工系が4人、残り14名中法律系が9人もいることは特筆に価する。理工系、法律系の思考は他の文系に比べればやや情緒や機微に欠ける傾向があるので「友愛」精神との融和が出来れば結果は良いだろう。女性が少ないのが残念だが、二世議員も少なく実力派が多いように見える。個々人の人柄を存じ上げていないので論評し難いが、印象的には「理屈屋内閣」のように感じる。15日、政権交代によって一世紀を超えて官僚政治の中枢幕僚機構であった事務次官会議が幕を閉じたが、官僚の静かなる戦いが始まったことは間違いない。国民は日本を駄目にした族議員の大掃除を期待しているが、族議員は民主党の中にも多勢いる。内にいる族議員を掃除出来るかどうかで国民の支持は大きく変わるだろう。衆議院で308人という圧倒的勝利を手にした民主党が途中解散をすることは考え難いので、この政権は4年続くという前提で、日本がどのように変わるのかを直視していく必要がある。

   内閣総理大臣 鳩山由紀夫。見掛けは若いが意外の62歳。東大工。

   副総理兼国家戦略室担当大臣 菅直人、62歳。東工大。お遍路笠がよく似合う。事務次官会議を廃止させたのは良いが、自民党政権になったら復活するのだろうか?政権党の都合によって予算査定、行政方針を担当する部署が消滅したり出現するようでは問題がある。財務省、外務省、防衛省などとの業務重複を解決した上で、正式な省庁として設置すべきであろう。

   官房長官 平野博文、60歳。中央大理工。労組出身。

   財務大臣 藤井裕久、77歳。東大法、大蔵省。数少ない官僚出身者。高齢により引退を表明していたが、民主党には弁護士出身が多く、経済通の駒が不足しているため、選挙直前に引き戻されて比例当選、入閣。

   郵政・金融大臣 亀井静香、72歳。東大経、警察庁。亀井氏のために郵政・金融大臣というポストを誕生させた。郵政を「一丁目一番地」として戦った国民新党にとっては申し分のない役。早速西川社長に「自ら辞任せよ」と強烈なエールを送っていたが、西川社長が辞任するとも思えないので、日本郵政㈱の臨時株主総会を開催することになるのだろう。西川社長を退任させれば、それだけで鳩山新政権の実行力に喝采が起こるだろう。

   防衛大臣 北沢俊美、71歳、参院。早大法。15日昼過ぎ「亀井静香で内定」と出ていたものが数時間後急に変更になった理由に興味がある。憲法9条についてどう考えているのだろうか?

   国家公安・拉致問題担当大臣 中井洽67歳。慶大経、二世。

   文科大臣 川端達夫64歳。京大工。

   行政刷新担当大臣 仙谷由人63歳。東大法。「官僚主導から政治主導へ」を実現するポストだろうと想像しているが、立法府は三権分立の理念を尊重して行政権に立ち入るべく、心すべし。リベラルな発想の仙谷氏なら出来るだろう。

   経済産業大臣 直嶋正行、参63歳。神戸大経営。労組出身の経済産業大臣というのは意外。現在の難しい経済界の舵取りを誤らないよう願う。

   農水大臣 赤松広隆61歳。早大政経、二世。

   法務大臣 千葉景子、参61歳。中央大法。凶悪犯罪についての「時効」を廃止すべきと考えるが、如何?

外務大臣 岡田克也56歳。東大法、通産省。今度の人事を「岡田外し」と評する者もいるが、初めての政権奪取という中でそのような生臭い発想は現実的ではない。長期政権を狙い、将来の代表としての英才教育が始まったと見るべきだろう。

環境大臣 小沢鋭仁55歳。東大法。

消費者・少子化担当大臣 福島みずほ、53歳、参院。東大法。国民を守る、生活を守ると唱えて来た福島氏にはピッタリ。福島市の喜び様は些か欣喜雀躍の観あり。出来たばかりの消費者庁をどのような活動をする役所に育てるか、責任重大。

総務大臣 原口一博50歳。東大文。タレント並みのテレビ登場だが、官僚を納得させるだけの勉強をしているのか、不安あり。省庁の無駄もさることながら、都道府県・市・町等の無駄も同時に洗い出し大掃除する必要がある。さもないと、如何に国レベルの無駄を排除しても、底の抜けたバケツのようなものである。それまでは地方分権や道州制は行なうべきではない。

厚労大臣 長妻昭49歳。慶大法。今のような年金問題が未解決の中で「日本年金機構」の設立を認めるのか?日本年金機構の分離独立は郵政民営化の「二の舞い」になる危険が大きい。不良公務員問題と日本年金機構分離独立を同次元で検討すべきではない。

国交大臣 前原誠司、最年少の47歳。京大法。ダム、高速道路、石油税等々難問多し。

|

鳩山人事始まる

   岡田外務、菅副総理兼国家戦略相&小沢氏人事権を掌握 [2009.9.5追記] 昨夜、官房長官に平野博文氏の内定を発表し、今日、岡田氏を外務大臣、菅氏を副総理兼国家戦略質担当大臣、に内定したと発表した。鳩山代表は8/31「人事は16日に発表する」と秘密厳守を強調していた筈だが、日を追う毎に人事の漏れが酷くなっているように感じているのは私だけではあるまい。しかも権利の二重構造が懸念されている中で、小沢氏は「国会や党のことについては、人事も含めて幹事長に任せるからしっかりやってくれ、という結論だ」と会見した。「結論だ」という発言に小沢氏の傲慢な人間性だけでなく鳩山・小沢会談の様子さえもが垣間見えるが、何故にこのような重大なことを鳩山氏は小沢氏に発表させたのだろうか?この発表は総理大臣に指名される鳩山氏が先に行なうべきではなかったのか?人事漏洩が意図的なのかどうかは分からないが、意図的でないとすれば党内に「為にする」人間がいると見てよいだろう。それが誰であるかの犯人探しよりも、民主党は衆参420名にも達しようかという大所帯になってまとまり切れていないのかも知れない。国会が始まれば自民党は鳩山氏の故人献金問題と小沢氏の西松建設問題を徹底的に突いて民主党の混乱と連合政権の分離を画策して来ることは間違いない。それにしても金庫に加え人事権まで小沢氏に渡して総理大臣が務まるのだろうか?政権発足前にしてこんな統制の利かぬ有り様では鳩山政権は大丈夫なのか、と懸念する。

  鳩山人事、小沢幹事長 民主308:自民119という民主大勝利の立役者、小沢氏が再び表舞台へ登場  [2009.9.4記]した。小沢氏がいなければ鳩山総理誕生は無かったことは火を見るより明らかで、そういう意味では最大の功労者である小沢氏が幹事長に就任することは、普通に考えれば至極当然な人事であると言える。しかし、秘書が西松建設問題(政治資金規正法違反容疑)で法廷闘争となっている身である小沢氏であるだけに何や彼やと姦しくなるのは已むを得ない。そういう情勢下で鳩山氏は小沢氏を、党内の「重し役」として遇するのか、自公に対する「睨み役」として遇するのか、単に名誉を以って遇するのか、処遇について非常に興味を持って見ていた。小沢氏の遇し方一つで政権に対する鳩山氏の考え方が見えて来る。来年の参議院議員選挙の目標が単独過半数である以上、鳩山氏としては名誉職よりも対内対外的に実質的な権力を付与することを選択し、直裁的に幹事長職を以って遇する決心をしたのだろう。友愛を唱える鳩山氏が、いつの時代にも両刃の剣であり続けて来た小沢氏を如何に使いこなすのか、見守りたい。

|

「人の死」と臓器移植医療

「人の死」   6/18、臓器移植法改正案が衆議院を通過した。「脳死」を「人の死」とする法律である。臓器移植を巡る国際環境が厳しくなりつつある中で、臓器移植だけに「生きる」ことへの望みを託している患者と家族の心証を思うと心が痛むが、人間の尊厳の究みである「人の死」を多数決で決めてよいのか、という疑問が湧くのも否めない。それだけに、「人の死」については十分に審議され国民全体のコンセンサスが得られなければならない。だが、今回の衆議院は単に「多数決」で決めた感が強く審議を尽くしたとは到底言い難い。良識の参議院はどのような判断をするのだろうか?母親は子供が幼ければ幼いほど本能的に自分の「分身」として感じている。意識が無くとも、呼吸していることが確認できれば本能的に「生」を感じ取っている。意識が無いなのではなく「長い眠りについている」と考える。奇跡を待つのは、人間としての偽らざる気持ちであるし、また臓器機能の不十分ささえ解決できれば長生きできることが判明している場合、臓器移植を願うのも偽らざる親心である。臓器移植医療は、交通事故等の不慮の死によって突如失われる健全な臓器を何とか生かすことは出来ないか、という医学的医療的発想と健全な臓器を求める患者の願いによって生まれ発展して来た。その根底には「人は死んでも暫くは臓器は生きている」という観念があるのだが、何を以って「人の死」とするか、非常に難しい問題である。昔は心臓が停止後、「通夜」を挟んで24時間、遺族らが見守ってから葬儀が行なわれた。肉体の死亡を確認するための儀式のようなものだが、イギリスには心臓停止後4日目に生き返ったという事例もあるらしい。日本でも葬儀の最中に棺桶の内側から「コツコツ」と叩く音を聞いて生き返った例を聞いたこともある。まだ、理屈で解明されていない霊魂の世界が残っているのかも知れない。臓器移植というのは医療行為である。医療とは人間の機能の低下あるいは失われた機能を回復することである。臓器の機能低下に対しては医薬品の使用や患部摘出や治療の外科手術が行なわれる。失われた機能を回復するために「臓器移植」が行なわれるのであるが、本来、医療行為のための代償として他人の命が利用されることには多くの問題があり、医療のために「人の死」が論じられることはあってはならない。本来であれば、病んだ臓器の交換はES細胞等による「再生臓器」や「人工臓器」によってなされるのが本当の医療であろう。政府は早期実現に向けて大規模予算を投入すべきである。近い将来、再生医学が発達し脳細胞の再生さえも可能となるかもしれない。そう考えると、「人の死」を代償にして行なわれる臓器移植医療は本当に医療と言えるのか?という原点に戻る。脳死という脳機能の障害あるいは喪失がどの範囲に起きているのかも、重要な意味を持つ。脳は、大脳、中脳、小脳、視床(意識・感覚・脳波)、視床下部(情動・行動)、扁桃体(価値判断)、海馬(認知・記憶)等に別れ、更に前頭葉、後頭葉、側頭葉、脳梁、延髄、脳幹(睡眠・覚醒)等の部位があり、それぞれに役回りを持っていることが判明している。これだけの機能を有する脳の「死」とは何を以って言うのか?「脳死」を定義することは極めて難しい。狭く限定的に解すれば、いずれ近い将来、脳の一部の機能を移植することも認めざるを得ないことになるだろう。そうなれば、極限まで拡大し大袈裟に表現すれば、人間が入れ替わるような、まるでサイボーグ人間の世界が現われることになる。「脳死」を認めることは、肉体と脳が合法的に分離して存在し得るようなことさえも予想される。本人の意志に基づく臓器提供は肯定できるが、「死者からの臓器移植」については、本当にこれで良いのだろうか?国会議員の判断レベルを遥かに超えているようにも思えるが、それだけに慎重熟慮が求められる。

|

正義を語った鳩山邦夫氏

政治家と正義

  [2009.6.16追記] 昨15日、「正義の鳩」が一声鳴いて総務庁から元気に飛び去った。一部数名の政治家が、「政治は民間会社のトップ人事に口を挟むべきではない」と如何にも正当らしそうなことを言って鳩山氏を公然と批判していたが、そんなことはない。一年ほど前、日本銀行総裁人事を巡って散々揉めたことは記憶に新しい筈だが、実は日本銀行も株式会社である。一応独立した民間企業であるが、株主が政府(財務大臣)であり特別法によって運営されている点において日本郵政も同じである。一方には散々口を出しながら、一方には口出しをすべきではないという論法は政治家特有の詭弁、屁理屈である。そしてこのような問題が発生すると必ず登場するのが「公平」「無私」をうたい文句にする「第三者委員会」(名称は「郵政民営化委員会」等様々)であるが、この委員会というのが曲者である。大抵、と言うより殆どが煮ても焼いても喰えない。有識者という名の下にメンバーの過半数が体制側委員で構成されているという偏向した組織である。例えば、郵政民営化委員会議長の田中直毅は財界が小泉純一郎元総理のために(と言われている)退任の際に創設したシンクタンク「国際公共政策研究センター(小泉氏は顧問)」の理事長である。このような濃い色の着いた委員会に公平・無私な結論(諮問案)を期待する方が無理だろう。従って、半官半民である日本郵政㈱の公正・不正のチェックを総務大臣が行なうのは所管内のことで、不正があれば経営トップの責任を質すことは当たり前である。それを、所管の総務大臣からチェック権を奪い取るような無茶苦茶な論法によって鳩山氏を更迭したことは、鳩山氏が口にしたように、裏に「巨悪」が隠されているような後味の悪さが残る。鳩山氏が言う「巨悪」とは何か?

  [2009.6.4記] 鳩山大臣は、日本郵政の西川社長を再任することは「正義」に反する、と強く言い切った。その通りである。郵政会社を適正に健全に民営化するためには西川社長は替えた方が良い。再任することは、折角、白紙撤回させた「かんぽの宿」払い下げ、即ちオリックスとの出来レースを復活させることになるし、利に群がる郵政族議員の息を吹き返させることにもなりかねない。国民の財産である郵政資産を政局の材料にする政治家に「正義」を期待する方が無理かも知れない。政局を政治と思い違いしているような人間に投票した有権者の責任でもある。古来、正義を語った政治家は極めて少ない。しかし、ごく最近の短い間に東西で「正義」が語られた。ブッシュ政治の大きなツケを背負い込まされたオバマ氏、小泉政治の重大なツケを背負い込まされた鳩山氏、二人が大きく吼えたのである。政権を勝ち取ったオバマと政権が転げ込んで来た麻生・鳩山という違いはあるが、共に前政権の過ちを正そうとする強い思いが伝わって来る。過ちを改めるには、「どうしてもこれだけは国民に訴えて、政治と国民の価値観を正さなければならない」という信念が「正義」という発言になったのだろう。「正義」という名前の政治家は大勢いるが、正義を語る政治家が鳩山総務大臣一人しかいないことが、わが国の政治に利権を蔓延らせ駄目にして来たそもそもの原因である。選挙とは、「正義」の候補者に投票することが、有権者の子々孫々へ伝える責任である。

|

WBC優勝、9回裏の原采配は疑問

侍ジャパン、WBC優勝   幸いにも優勝出来たから良いようなものの、9回裏の原采配は間違いだった。9回表の段階では3対2で日本が勝っていた。このまま9回裏に入る訳だが、誰もが8回途中で登板した杉内投手(防御率0.00)が投げるものとばかり思っていた筈だが、原監督は何を思ったか、杉内を引っ込めダルビッシュと交代した。あの場面で走者を塁に出すことは引き分けか逆転を意味する。ダルビッシュは時々崩れるが、大丈夫だろうか?一瞬、一抹の不安が過ぎったが、悪い予感が当たってしまった。ダルビッシュはあろうことか、一番バッターと二番バッターをフォアボールで塁に出した。一瞬の内にノーアウト一塁、二塁という最悪の事態を招き、結果として二塁走者が帰って延長戦となった。幸いにも延長10回表にイチローのヒットによって2点が追加され優勝出来たが、やはり9回裏のあの場面では防御率0.00の杉内に任せるべきだった。それで万一延長戦になれば、10回裏からダルビッシュに賭けざるを得ない、という流れであろう。ダルビッシュが凄い投手であることは認めるが、一点差で迎えた9回裏のプレッシャーに負けたのはダルビッシュの若さ、未熟さ以外の何物でもない。杉内が9回裏を0点に抑えていればイチローの鼻高々の奇跡も起きなかった。9回の采配を見ていて、原監督は優勝投手の栄冠を杉内にではなくダルビッシュに与えたかったのではないか、と思わざるを得ない。原監督は「監督として絶対やってはならない」ミスを犯したとしか見えなかった。原監督には一段の精進を期待したい。

|

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

あ行 | か行 | さ行 | た行 | な行 | は行 | ま行 | や行 | ら行 | わ行