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いよいよ、待ち草臥れた総選挙。民主、320?

「政権選択」という総選挙

    [2009.8.27追記] 泣いても笑っても総選挙はいよいよ三日後には終わる。それにしても「民主、320か?比例区は候補者不足か?」というマスコミの過激な予想に驚いているが、前回の大勢の小泉チルドレンが誕生した小泉劇場選挙が既に証明しているように、小選挙区制では十分に起こり得ることで「さもありなん」と納得せざるを得ない。多くの国民が小泉・竹中政権の「行き過ぎた」新自由主義・市場原理主義に修正を求めていることから見ても、政権交代が世の流れとなっていることは否定できない。一度激流と化した荒々しい流れは棹を少々差したくらいで治まるものではない。時を待つしかないが、後三日で静まることはないだろう。問題は国民の意を享けた大勢のアマチュア政治家、所謂鳩山チルドレン、否小沢チルドレンが誕生することである。私のような「平和憲法を護るべし」という者でも政権交代は否定しないが、民主党には過半程々の勝利しか期待していないのだが…。何故なら、今回の選挙が憲法理念の影が薄いことを懸念しているからである。急遽、鳩山代表は「大勝しても独裁には走らない」と発言しているが、メンバーを見ても偏向しそうな顔触ればかりで大きな懸念材料を内包している政党であることは間違いない。鳩山氏が匂わした独裁の対象は消費税率のアップのことだろうと思うが、「護憲」については明言していない。政治家の舌の多さには幾度となく騙されて来たことを思えば「本当だな。二言は無いな」と素直に信じることは到底出来ない。民主党に大勝させることは日本を危うい方向へ導くことにもなりかねないが、流れはそれに向かっている。そうなると平和維持を思う国民としては、せめて比例区は「護憲・平和維持政党」に投票することでしか、日本の平和を護ることは出来ないのではないか。

   [2009.8.20記] 18日、いよいよ衆議院議員選挙が公示れた。30日が投票日である。待ちに待ったと言うか、待ち草臥れたと言うか、安倍・福田・麻生と延々待たされた挙句の果ての総選挙である。麻生さんには酷な言い方になるが、「解散決断力」皆無の安倍・福田総理からの禅譲条件は「解散決断力」であった筈で、それを「承知之介」で総理を引き受けたにも拘らず、麻生さんまでもが宰相の椅子にしがみついてしまい、自らの支持率を下げ解散の時期を逃してしまった。総理の椅子とは、かほどに座り心地が良いようだが、有権者の約90%が投票に行く予定とのTV報道を見ると、これが国民のストレスを爆発させる切っ掛けにもなっているように思う。古くは太平洋戦争、近くは郵政選挙を見ても分かるように、日本人は巧妙に煽られると実に乗せられやすい「熱し易く冷め易い」性質を持っている。それだけに又々、郵政選挙の小泉劇場の二の舞が起きるのではないかと懸念している。何事も、過ぎたるは及ばざるに如かず。今、国民に求められているのは「政権選択」の前に、「これからのあるべき日本と日本人の生活」を選択する冷徹な目である。マニフェスト選挙で返って見え難くなっているが、今、日本が目指すべきは、「戦争放棄の再確認」「核兵器の廃絶」「一億総中流社会の復活」である。自公が声高に叫んでいる「景気・産業」政策は貿易立国の日本では当たり前のことで全ての党に義務付けられるものであり、改めて言う程のことでもない。夏の夜はお祭りの季節である。歌に煽られ踊りに惚けても乗せられても、日本の行く末だけは見失わない選挙にしたいものである。

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