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磯谷利恵さん闇サイト殺人事件の3人に判決

闇サイト殺人事件3人に判決   私自身は今まで死刑制度について疑問を持っていたが、最近の「誰でもよかった」殺人や人の心が微塵も無く残虐極まりない殺人などの凶悪殺人事件を見ていると、「やはり、死刑に処する以外どうしようもない犯罪者がいる」と認めざるを得ず、死刑廃止(代わりに終身刑)論が揺らいでいる。今日18日、名古屋地裁で一審判決が出た「磯谷利恵さん殺害闇サイト事件」もその一つである。この事件は、20078月、首謀者川岸被告が闇サイトで共犯者を募り、それに応じた見知らぬ神田、堀の両被告に「女性を拉致し、金を奪おう」という犯罪を持ち掛けたことが発端となって、偶々通り合わせた磯谷利恵さんが毒牙の犠牲になったという、見ず知らずの他人が集まって数分の内に凶行を決意させる「闇サイト」の恐ろしさが際立った昔では考えられない凶悪事件である。名古屋地裁の判決では神田、堀の両被告には死刑判決で、首謀者の川岸被告には無期懲役という判決が下ったが、首謀者が無期で、共謀者たちが死刑というのは解せない。メディアの解説では、首謀者川岸の「無期」は「自首」したことが減刑の理由だと報道されているが、首謀者川岸の法廷発言から見ても単に「逃げ切れず」と判断して自首して来たとしか思えない。「逃げ切れれば逃げよう」と考えていた犯人に減刑するだけの合理的理由は存在しないのではないか?理性は「死刑廃止」に傾くが、これらの凶悪事件に接するたびに感情はむしろ徳川吉宗の定めた「御定書百カ条」に共感が湧くのも否めない。御定書百カ条によれば、「人として恥ずべき動機」の事由によって数段階の死罪があり、「獄門(晒し首)」「死罪(打ち首)」「火罪(火炙りの刑)」「鋸挽きの上、磔(はりつけ)」「二日間(あるいは一日)(さら)し、引き回しの上、磔」というように定められている。彼ら3人が犯した罪は人畜にもとる犯罪で、「人としての恥」を基準としては量れない。江戸時代であれば、「獄門」か「二日間晒し、引き回しの上、磔」の刑に相当するだろう。

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