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福田総理は「偽政者」か?

福田政治の「偽」   福田氏は自分の政治姿勢を「信」としている。一見誠実そうな容貌と言葉遣いが「信」をバックアップしているように見えるが、その「信」が何に基づいた「信」であるかが重要である。為政者の「信」とは「国民との無言の契約」のようなもので、為政者の一部分しか知る手立ての無い国民は政治家の言動と結果から全人格的に「信」を置くか否かを決める。そういう見方をすると、福田総理というのは実は為政者ならぬ「偽政者」ではないのか?福田氏や舛添氏が肝炎被害者救済の和解の場面で最初、司法判断(官僚の判断)に囚われ、被害者救済の立場に立とうとしなかったことは、口先はあたかも被害者側に立っているかのように見せ掛けながら、両足揃えて厚生官僚の側に置いていることを暴露した。国民の敏感な反応による支持率の急降下で「やや半歩」踏み出したかには見えるが、まだまだ油断はならない。「大連立」という最も安易な政治手法を選んだことも「偽」である。もともと、福田政治の最大の弱点は、安倍政治の承継(小泉政権以降共に国民の審判を経ていない政権という意味で)という形を採らざるを得なかったために福田政治の独自色が出し切れていないところにある。このような状況下、福田政治は、郵政民営化で役回りを終えた所謂「小泉チルドレン」を温存したまま、小泉・竹中政治に異を唱えて「先祖返り」を進めようとし、新テロ法の「3分の2議決」をしようとしているが、「小泉チルドレン」の数に依存する政権姿勢の安易さは危うい。それでも構わないということは、次の選挙では、今の自民党も民主党も国民新党も新党日本も再編成した姿で現われることを暗示しているのだろうか?再び「大連立」を指向するのであれば国民の審判を経なければなるまい。

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