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C型肝炎訴訟と国家責任

薬害と国家責任

政治判断をしなかった福田政権(12/20)   20日、政府の和解案が発表になった。「5千万件の消えた年金」と同じような無味乾燥な答弁となり、被害者原告団の期待を裏切った結果となった。それまでの、些か期待を持たせるような舛添厚労大臣の発言に僅かながらも期待を抱いていた被害者や患者は多かったのではないだろうか?彼らの惨めな落胆振りが目に浮かぶ。何も知らされずに注射を打たれてC型肝炎になった薬害患者の無残な実態が明らかになればなるほど、当時の厚生省行政の出鱈目さが炙り出される。厚生省官僚は薬品会社の保護と利益の優先に走り、被害者や患者の救済に動いていなかったことが歴然となった。このような有様を知ると、薬害の責任は単なる法律論の域を超えてしまっているように思う。裁判官は法理論を越えて判決をすることはあり得ない。「どうしても」という気持ちを抱いても、裁判官は「政治判断」を示唆することだけしか出来ない。ということは、立法権を持っている内閣は裁判官の意を汲み政治判断(議員立法)によって救済しなければならないということを意味するが、今日の政府発表は官僚意見が強く反映されているだけで政治家の決断は些かも窺われない。政府は何か事あると、その度に消極的理由として予算・財源を持ち出すが、絞り出す財源が不足しているのであれば、政党助成金の3分の1くらいを自腹を切って提供するくらいの議員提案を何故しないのか?昔は自腹を切る政治家が大勢いたものだが、最近は金銭にやたら細かく拘る政治家ばかりとなった。自民党の長期安定政権は、国民の存在を無視し、駄目な官僚機構を育み、それに胡坐(あぐら)を掻いて行政を放ったらかしにして来た姿に他ならない。法理を超えて結論を出せない裁判所の判決に従うばかりが政治ではない筈だ。明日はわが身かと考える国民はいても、何も知らされずに薬害患者にされた人たちに税金が投入されることに反対する国民はいまい。新テロ法の成立には異常な執着心を見せているが、薬害に対しては何と淡白なことか。

薬害と国家責任(12/10)   「HIV訴訟」や「C型肝炎訴訟」に代表される「薬害と国家責任」問題には法律上と道徳上の二面の問題を含んでいる。薬剤には、対症療法用の薬剤と病巣本体を治療する薬剤との二種類がある。不治とされた病気も、当該病気が未だ原因が突き止められない場合、薬剤投与が対症療法となる。それも医学・医療の進歩によって治療法が発見され、いずれは完治できるようになるものである。そのとき、放って置けば生命が危ないとなれば、必ずしも安全ではない薬剤を一時の生命維持のために投与することはあるかも知れない。その心理の裏には、取り敢えず生命維持を図ることを優先し、最悪副作用で新しい病気を併発した場合は、他の薬剤で対症し、当該病気の完治薬が出来るまで生命をつなぎ止めて置こうという心理が働いている可能性も否定できない。医師としての善意に発したこの行為(勿論、本人や家族の同意を要する)を法律論だけで云々することは出来まい。しかし、日本の薬剤認可・取り消し行為は何故にこうも遅いのだろうか?ある意味では、HIV症の「非加熱血液製剤(旧ミドリ十字製:現田辺三菱製薬)」もC型肝炎症の「フィブリノゲン剤(旧ミドリ十字製:現田辺三菱製薬)」も、旧厚生省官僚の「遅過ぎた決断」あるいは「決断しようとしなかった決断」にあったと言える。いずれも米国やヨーロッパにおいては既に「非加熱血液製剤」や「フィブリノゲン剤」の副作用は明らかになっていた。旧厚生省がこれを知らなかった筈はなく、旧ミドリ十字(現田辺三菱製薬)の利益のために使用禁止措置を採らなかった疑いもある。これが大勢のC型肝炎患者を生んだ原因である。諸外国にも対症できる薬剤が全くなく、副作用が危惧される「フィブリノゲン」しかなかったというのであれば、生命の維持のために已むを得なかったかも知れない。ただ善意の医師には酷であるが、このような場合でも、法律上の「事務管理」の考え方からしても、その副作用で新たに発生した病気を完治させる責任は免れないのではなかろうか。ところが、今問題のC型肝炎症は、米国やヨーロッパにおいて既に「フィブリノゲン剤」の副作用で発症することが明らかになっていた訳である。ということは、薬剤の許認可・禁止権をもっている旧厚生省の行為は「不作為」であり、「未必の故意」と言われても仕方なく、旧厚生省の責任は免れ得まい。現在でも、日本では認可されていない名薬がアメリカで認可されているために、その治療を受けるために何億円もの寄付を集めて渡米する患者がいる。何故、諸外国が認可している薬剤や治療法を速やかに認可しないのだろうか?日本にその病気そのものが無いのであれば兎も角も、少なくとも米・営・独・仏辺りで承認された薬剤は遅滞無く認可すべきであろう。「速やかな認可・禁止行為」こそ行政の行為責任であり、これを怠っている国家が責任を免れようとする姿勢は許されないであろう。

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