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2007年の漢字「偽」と年金「偽公約」

2007年は「偽」、福田政権の偽公約   今年の日本を象徴する漢字は「偽」となった。「偽」の絡んだ言葉は、偽装、偽詐、虚偽、偽言、偽証、偽善、偽朋、偽贋、偽造、偽称・・・と数多いが、これらの殆どが今年一年年初から年末まで政官財絶えることなく次々と暴かれ曝け出された。あと半月ほどで年の暮れを迎える土壇場になって締め括りは福田政権の「偽公約」となりそうである。自民党が先の参院選で国民に約束した「消えた年金5000万件を3月末までに最後の一人まで最後の1円まで照合し解決する」と断言した公約を「公約ではない」と開き直った。安倍元総理は赤城大臣の「膏薬」で支持率を下げたが、福田総理も「偽公約」発言で大きく支持率を下げるだろう。「最後の一人まで、最後の1円まで」と恰好良く「消えた年金」を訴えて参議院選挙を戦った安倍元総理、「難しいと思っていたが、選挙だから最後の一人まで、最後の1円までとなった」と平然と前言を翻した舛添大臣、「そんなこと言ったかなぁ」「大した事ではないよ」と惚(とぼ)ける福田総理、「言葉を縮めて喋ったのが誤解の元」と弁護する町村官房長官・・・。国民にとって信用の手立ては「言葉」しかない国会議員が「約束」という言葉を失って無責任を曝け出したとき、その姿のあまりな薄さと軽さには「駄目な日本」と「夢の無い将来」という失望感しか見えない。もっとも、福田氏はマニフェストらしいマニフェストも示さず総理になったが、総理就任時、自信無さそうに落ち着かない表情で「信」と書いた福田総理の姿が浮かんで来る。公約を偽物にするつもりは毛頭無かったとは思うが、政権公約を誤魔化しては話にならん。「信」とは「人が言う」と書く。代議士は「言葉」に責任を持たねばならぬ。「偽」とは「人の為」と書く。「誰の為」なのか?「国民の為」であったら「偽」とはならぬ。疑惑まみれの額賀大臣と言い訳を正論化しようとした舛添大臣を懐に抱いたままでは、福田政権の命運は長くないだろう。桝添大臣と事務次官の二人を挿げ替えれば、当面暫らくの時間稼ぎくらいは出来るだろう。しかし、新テロ法を衆院で「2/3可決」を強行すれば福田政権は完全「死に体」と化し、自公は衆院選で大敗北する。となれば、政界再編となる可能性が大となる。

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