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168回臨時国会での福田総理所信表明

手探りイロハ(168)国会   101日、安倍総理の突然の総辞職によって中断していた「ねじれ」国会が三週間振りに再開した。安倍内閣は聊かアマチュア観があったが、福田内閣はテクニシャン(昔のテクニシャン?)政治家集団というイメージが漂い、一時代溯ったような奇妙な安定感がある。初めての「ねじれ」体験という意味では168回国会は正しく「政治のイロハ(168)から見直しを要する」政治の始まりと言えそうである。福田国会の焦点は、安倍内閣から引き継いだ、年金、テロ特措法、都市土地法の格差、政治資金の四つが最重要議題となる。政党の勢力状況が激変した中で福田総理の所信表明で明らかになったことは「野党(特に民主党)との話し合い」が強調されたことである。これまで歴代総理が野党に対してこれほど異様なまでに低姿勢を強調したのを見たことはない。一見、福田自然流に見えるが…、果たしてどうだろうか?大体、どの総理も、総理就任時の安倍総理の所信表明のような強引とも傲慢とも取れるような態度と口調での演説が多かった。その強引さや傲慢さを、国民も政治家も、総理のリーダーシップ力と思い込んでいたように思う。しかし、国民は「ねじれ」の現実に直面して、やっと「本当のリーダーシップ力とは何か?」ということに気が付き始めたように見える。もし、与党が圧倒的勢力を押さえていた中だったら、福田総理の所信表明はどうなっていただろうか?恐らく今のような低姿勢の福田総理ではなかっただろう。「ねじれ」が、政治家の強引さと傲慢さに制御を掛け、真摯な精神と謙虚さを芽生えさせて呉れたのではないかと想像している。まだ「領収証を公開する必要はない(政治資金規正法改正案)」と言う点に傲慢性が顔を見せており、実を結ぶには時間が掛かりそうではあるが…。福田内閣に名前を付けるとすれば「民の声内閣」となる。「民の声」とは、「民主党の言い分」であり「一人区の農民の声」である。福田総理には、早目に真の「国民の声」を聞くことを勧めたい。168回臨時国会は「ねじれ」の中で模索する与党の「手探りイロハ国会」となろうか。「ねじれ」によって、日本の政治と日本がどのように変わるのか、見守りたい。 

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