天皇の政治利用

天皇の政治利用   中国の習副主席の来日を機に「天皇の政治利用」問題が突発した。明治政府が作った大日本国憲法では第3条に「天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラズ」と定められ、戦前まで天皇は「現人神」であった。天照大神の子孫だから現人の神様という訳だが、敗戦後、新憲法によって昭和天皇の神格放棄(昭和天皇自ら神格を否定したものではない)、所謂「人間宣言」がなされ国家と国民の「象徴(GHQの要求でもある)」である「人間天皇」が誕生した。ところが、この「人間」というのがなかなかの曲者で、「絶対中立」「絶対平等(非差別)」「絶対平和」という制約が付きまとうことになった。憲法第1条に「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」と、天皇は「象徴天皇」となった。大日本国憲法の「神聖にして侵すべからず」という部分は「天皇の政治利用の禁止」という精神に承継されているが、天皇が「国の象徴」であり「国民の象徴」であるという実に曖昧な観念を作り上げた。今問題となっている「天皇の政治利用」に関する憲法解釈は、第3条の「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。」、第4条の「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能(:権利を主張し行使できる能力)を有しない。」、第7条の「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。」、同条第9項の「外国の大使及び公使を接受すること。」に拠るものと考えられる。小沢幹事長の14の「天皇陛下の国事行為は内閣の助言と承認で行う。何をするにしたって、天皇陛下は、助言と承認で、と憲法に書いてある。それを政治利用だと言われたら、天皇陛下は何もできない。天皇の政治利用との批判はあたらない。」という発言は、第7条の「内閣の助言と承認により」という字面のみに着目した解釈であると思うが、これまでの通説では「天皇の政治的行動(権能)を禁じた」ものとされている筈で、「天皇を政治主導の下に置く」ような思想で書かれた条文でないことは明白である。鳩山総理や小沢幹事長の発言はそれを無視した独善的解釈と評されても仕方なく、もっと丁寧な説明がいる。しかも小沢幹事長が、羽毛田宮内庁長官を「ナントカという役人」呼ばわりしたことは非礼であり、「皇室を掌る宮内庁と雖も省庁の一つに過ぎず、内閣の発言に異を唱えることはケシカラン」、更に「文句があるなら辞めてから言え」という独裁体制下のような高圧的個人攻撃は「長官や現職公務員の発言を封じる」ことを意味する。これは国民の「知る権利」に対しても応えておらず、民主主義国家として極めて問題は大きい。また皇室に対しても「天皇と雖も時の政権の意思によって政治利用してもよい」と明言しているに等しい暴論と言わざるを得ない。政権交代によって、天皇の国事行為までもが大きく振れてよいのか?ほんのこの前、オリンピックの東京招致活動の際に、石原都知事が皇太子夫妻を担ぎ出そうとしたことを思い出すが、独善独断的憲法解釈を押し付けようとするのは如何なものか。民主党が衆院選に大勝してから小沢幹事長と鳩山総理の発言は日を追う毎に独裁制政治体制の臭いがして来た。今日15日で内閣成立後90日となるが、国の行く末は一向に定まらぬままに「危険な臭い」ばかりが漂い始めて来たと感じている国民が増えて来たように見える。これがジリジリと鳩山政権の不支持率を上昇させている理由だろう。民主党がこんな偏向した非民主主義的思想の強い政党だったことが明らかになったことは幸いだが、参院選に勝たせたらトンデモナイことが起きそうだ。と言って、信頼できるこれといった政党がないのも困ったものだ。

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天皇陛下の接見にゴリ(強理)押し?

天皇の国事行為   15日に天皇と中国の習近平国家副主席との会見が決まったが、この経緯が羽毛田宮内庁長官の会見で明らかになった。またこの会見で、天皇の接見について内閣と宮内庁の間で「天皇陛下が政治に利用されることを防止する」意味と「天皇の年齢、健康状態等を考慮する」意味から「一ヶ月前に申請する」というルールが設けられていることも明らかになった。憲法第三条天皇の国事行為と内閣の責任に「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。」と定め、国事行為の内容と範囲については第七条天皇の国事行為】に定められている。今回の中国要人の天皇陛下の接見は第七条九項の「外国の大使及び公使を接受すること。」に該当する国事行為である。外国要人の天皇接見申請は外務省の所管事項らしく、本件については既に宮内庁からは「一ヶ月未満」という理由で拒否され外務省も納得していたらしい。それを鳩山総理や平野官房長官が二度も三度もネジ込んで宮内庁に認めさせたというのである。このルール無視行為が誰の指示に拠るものか明確ではないが、報道されている通りであれば、訪中中の小沢幹事長からの「無理強い」を鳩山総理は聞いて無視したことになる。「天皇を政治利用した」と言わんばかりに激昂していた羽毛田宮内庁長官の方に分がある。宮内庁には穏やかな人しかいないのかと思っていたので一寸ばかり安堵したが、更に内閣法制局長官の見解も聞いてみたいものだ。しかし、小沢幹事長が「官僚の発言禁止」を目論んで提案している国会法が改正されて官僚の会見が禁止になれば、今回のような宮内庁長官発言光景も表には出なくなり見られなくなる。羽田長官の会見によって国民は「天皇の政治利用の防御」対策を知ることが出来たし、羽毛田長官も「天皇の政治利用」の疑義を国民に問うことが出来た。「発言禁止」というのは国民から「知る権利」を奪うだけでなく、政治の歪みを正常に戻す調整機能の一つが奪われることも意味する。民主党政権になって憲法解釈がなし崩しにされそうな気配が見えて来た。「陛下の思いが少しは入った言葉が戴けるような工夫を考えてほしい」という岡田外相の発言などは内閣の一員それも外務大臣として極めて不見識と言わざるを得ない。「ための」発言だとすれば、極めて危険である。

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連立から乱立?へ

イラ菅怒る!   鳩山政権も12月16日で丸三ヶ月となり、蜜月期間が終了する。鳩山総理と菅副総理と仙谷大臣の三人は、先ずは大きなアラも見せずに初めての国会を乗り切ったと胸を撫で下ろしているだろう。ところが昨日になって菅副総理が亀井大臣にとうとう我慢の糸が裂(き)れたようである。船出の当初から拠って立つ地盤の相違から亀井国民新党や福島みずほ社民党との連立には何や彼やと問題が囁かれていたが、「雨降って地固まる」どころか案の定、普天間基地問題、デフレ回避対策、景気回復問題等々土砂降りの中で「三党乱立」内閣の様相を呈し始めている。鳩山総理のご母堂からの「巨大子ども手当」問題では早々と弟邦夫元総務大臣が「贈与税を納付する」と発表した。弟は潔く賢明であるが、兄者は何とも歯切れが悪い。そうなれば年明け早々から火を噴く可能性大で思わぬ政局となるかも知れない。菅副総理が、思うように手綱が捌けない亀井大臣や福島大臣を疎んじる気持ちも分からないではないが、三党が並立して連立を組んだことは肝に銘じなければならない。上位に立とうという気がある限り流れは「連立→乱立」へと向かうだろう。年明けから賑やかになりそうだ。

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事務次官を廃止、仙谷大臣

事務次官の廃止と国家公務員の発言禁止   今日の朝日新聞朝刊一面トップに仙谷行革刷新大臣の談話として事務次官を廃止することが載っていた。省庁の行政権限や責任範囲が政権を担当する政党によってクルクル変わるようなことがあってよいものか?三権の分立を確保することが民主政治の基本である筈だが、民主党政権になって「国家公務員の発言禁止」など司法権や行政権に対して立法権の支配介入が目に余る。仙谷大臣に言わせれば「政治主導」を更に進めるための策らしいが、革命ならばいざ知らず、単なる政権交代ぐらいで、長くて4年の任期しかない行政のアマチュアである国会議員に省庁の組織や権限内容にまで踏み込ませてよいものだろうか?その前に鳩山総理はこの国をどのような国にしたいのか、理念を語るべきであろう。今の、枝葉末節をいじくっているとしか見えない政権の動きを見ていると、自由主義国家を目指しているのか、国家主義を目指しているのか、判然としない。確かに、国家公務員法を改正すれば何でも出来る理屈ではあるが、多くの国民は革命を願ったのではなく単に「政権交代」を望んだに過ぎない。果たしてどれだけの国民が「事務次官廃止」を望んでいるだろうか?極めて疑問である。事務次官がいるから「政治主導」の政治が実現出来ないというのは詭弁である。要は、事務次官だけでなく長官とか総裁と言われる官僚トップの地位と権限を全て奪いたいだけだろう。何故か?民主党としては、と言うよりタカ派である鳩山総理や小沢幹事長としては将来の憲法改正を見据えて、当面、「日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する」という憲法9条や、歴代政府の統一見解である集団的自衛権について「個別的自衛権があることは勿論だが、国連に加盟する国家として、また日米安全保障条約上、集団的自衛権も持っている。けれども憲法上の制約によって行使できない」という現行解釈を「政治主導」で何としてでも変更したいのが本音であろう。小沢氏は自ら論文で述べているように、要は自衛隊の海外派遣(ISAF派遣)を可能にしたいのである。しかし、この解釈問題について内閣法制局長官が国会で否定的見解を答弁することは明らかで、それでは鳩山・小沢政権内部と党内に齟齬が生じる恐れがある。これが「国家公務員の国会答弁禁止(法制局長官を含む)」という手段に出た理由だろうと推測している。長官というのは裁判官と同様特別職の国家公務員であるが大臣格であり、長官として国会答弁はもとより国民に向かって発信する権限と義務を有している。それを一方的に「国家公務員の発言を禁止する」ようなことが許されるのか?民主党議員全員が「自衛隊の海外派兵」に賛成しているとは到底思えないのだが、「発言禁止」というのは民主党員全員の意思なのか、鳩山総理の意思なのか、それとも誰かの代弁なのか、はたまた仙谷大臣の思い付きなのか定かではないが、民主政権の考え方が不明朗である。政府というのは政治家だけで構成されているのではない。議員主体の内閣と優秀な公務員である官庁で構成されている。中央官庁というのは「政府の一員」と称されるように単なる行政事務の処理部隊ではない。行政の専門家として企画・立案・分析・解析・検証等について極めて高度な知識と能力を有する組織である。奇跡の戦後復興を成し遂げた伊達役者が官僚機構であることを忘れてはならない。そういう意味では外国に類を見ない日本独自の一般事務部隊を抱えた巨大なシンクタンクのようなものであると言える。しかし、どんな組織も長く続けば垢も膿みもヘドロも溜まる。事務次官の犯罪やそれに近い者の事件が多々起こっているが、事務次官制度が悪いのではなく、それを運営する人間が悪いのである。民間企業経営者と違って事務次官は大体2年で交代している。これは一個人に巨大な権限が集中して起こる弊害を防ぐために官僚機構自らが考え出した歴史の知恵である。悪・事務次官というのは、殆どが3年以上居座った時に発生している。悪事に味を占めて居座ったのか、旨味を啜ることを目的に誰かが居座らせたのか、何とも言えないが、事務次官を巧く使うことを考えるべきである。先ず改めるべきは事務次官の在位年限の厳格なルール化だろう。官僚組織と官僚機構の権限は一政党の恣意的思惑だけで左右するような性格のものではない。勿論、官僚の私利私欲のために国民の税金が費消されているような公益法人等については存在意義等を厳しく吟味し正して行かなければならない。当然、中には廃止すべき法人も出てくる。財務大臣と財務事務次官がしっかりしておれば悪徳族議員の徘徊も防除できるし、財務省職員たちの能力から見ても「業務仕分け人」以上の仕事をする筈である。

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国会法改正、小沢独裁体制が進行中か?

「知る権利」を守る筈の社民党も賛成

  [2009.12.3追記] 福島党首は国会法の改正について「運用面で工夫すればよいことで、法律を作ってまでして禁止するのは奇怪(おか)しい」と発言していたが、正しく正論である。ところが今日になって国会法改正に方針を転換したらしい。何があったのか?国家公務員は国家公務員法で守秘義務を課されているので、妄りに発言することは禁じられている。その中でも憲法の精神(言論の自由)から見ても、行政の専門家である国家公務員であればこそ国民に対しての発言権は認められなければならない。これまでは辛うじて国会において保障されていたようなものであるが、これを法律で封じるということは特定の政党によって国民としての「知る権利」が奪われたことを意味する。民主党はマニフェストで「公開」「開示」「可視」等霞ヶ関と政治の「透明性」を表明していたと思うが、あれは選挙を勝ち抜くための偽装だったのか?誰かが「三権支配」を目論む小沢氏を「ヒットラー」にダブらせていたが、正しく危険な発想である。国民の「知る権利」に応える国家公務員の発言権を法律で封じるという事態だけはあってはならない。社民党には再考を期待する。

請願と陳情に制約?   

  [2009.12.2記] チラチラ洩れて来る情報を聞いていると、民主党小沢幹事長の独裁体制が秘かに進行しているようで、かなり危険な香りがする。国会での官僚答弁を禁じたり、陳情窓口を民主党県連とし仕分け権限を幹事長(室)に一本化するよう目論んだり、憲法が保証している請願行為についても民主党議員は「紹介議員」になれないようにしたいようだ。国会と内閣について小沢氏は「口封じ」コントロール体制を敷きたいのだろう。その第一手が「官僚の国会答弁禁止」である。具体的には「内閣法制局長官の国会答弁禁止」である。国民新党も同調しているが、社民党の「政治家の判断で、憲法解釈が変わりかねない」という意見は正論である。最近は請願や陳情にまで枠を設けようとしている。先の衆院選で民主党大勝という結果を基に、徐々にではあるが露骨に顕われ始めた。非常に気になるところだ。請願については憲法第16条が「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。」と保証し、国民が唯一国会に参画できる権利である。手続きは請願法で定めているが、請願行為に「紹介議員」が必要なことは国会法に定められ、請願法にはない。まるで「族議員」育成のためのような条文であるので改正するのには反対ではないが、一党にのみ利するような改正はやるべきでない。国民の声を代弁し国民に代わって代議するから「代議士」と呼ばれるのだが、小沢氏は代議士を何と心得ているのだろうか?現時点では、小沢氏が号令一下で民主党議員が「紹介議員」になれないようにすることは、明らかに憲法16条の趣旨に反している。紹介議員制度を廃止するのであれば、請願法第3条が「請願書は、請願の事項を所管する官公署にこれを提出しなければならない。」と定めているように、請願権行使窓口を議員から外し、官公署(請願窓口を設ける)とすべきであろう。更に小沢氏は陳情についても議員から外そうとしている。その目論見は既存の「族」を排除し、新たな「族」議員を作ろうとしているのではないか?「業務仕分け」においても新しい「族」が生まれているようだ。陳情とは世間一般で言う「お願い」と同じものだが、地方自治体によっては請願と同等に扱っているところもある。国民は、小沢氏や鳩山総理ら民主党議員の言う「官僚依存から脱却」という言葉に惑わされてはならない。何事にも必ず「是」と「非」があることを忘れてはならない。何事にも澄心に「是々非々」で臨み判断して行きたい。

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「猛母散銭」の鳩山総理

思わぬ鳩山埋蔵金   鳩山総理の「金」が暴かれている。大抵の政治家は「政治には金が掛かる」ことを錦の御旗に掲げて「危ない金」にも手を出すものだが、大金持ちの鳩山氏だけは身奇麗だろうと思っていた。どうも、彼の一見誠実そうで真面目そうな語り口や身のこなしに騙されていたらしい。「故人献金」という悪どい手法もさることながら、お袋さんからの何億という巨額なお小遣い献金には驚いた。鳩山総理誕生の頃、お袋さんはTV上でニコニコと「新党を作りなさい、と由紀夫に20数億出して上げたんですよ」と放言しておられたが、子供ためなら何億でも、というのは現代の「孟母三遷」ならぬ「猛母散銭」逸話である。老人用の病院に入院されているらしいが、いつからだろう。検察や警察の事情聴取を避けるためでなければよいが…。しかし、政治資金なのか、あるいは単なる贈与なのか、報道されている内容だけでは何とも判断しかねるが、鳩山総理もいい加減で何か喋るべきだろう。チャランポランの答弁で言い逃れるつもりのようにも見えるが、75日で忘れられる噂と違って参院選が近づけば近づく程ボディーに利いて来る。そうなれば必ず党内から異論が出て来る。それから身を処そうとしても既に遅く、必ず命取りになる。しかし、税務署はどうして政治家には甘いのか?大抵、曖昧模糊となる。政治家の「金」はアンタッチャブルなのか?何故だ?数億円という金額であれば、市井の人間であれば到底税務署は見逃しては呉れない。新聞なら一面トップで扱うだろう。現時点でも、生前贈与と思われる相続税法違反、六幸商会からの給与と見れば所得税法違反、母親個人と法人からの献金と見れば政治資金規正法違反となる。不況で歳入不足の折り、数億円の臨時収入は財源不足に悩む仙谷行革刷新大臣にとって鳩山総理からの思わぬ「埋蔵金」プレゼントだろう。警察と検察には勿論、税務署にはいい加減に埋没させないよう、厳しい脱税調査を期待する。

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「事業仕分け」は失敗?

スパコン開発費まで削るのか!

  [2009.11.26追記] 「スパコン」開発費267億円について日本の科学をリードする大学の学長たちだけでなくノーベル賞受賞者たちまでが大声を上げ始めた。かってない事である。鳩山総理自身が東大工学部出身の学者上がりで近年稀に見る理系内閣であるために、何となく先端産業分野への切り替えが進むかのような期待感を抱いていたが、どうもこれはトンデモナイ買い被りだったようだ。科学者たちは「科学とは何か」を知らなさ過ぎると嘆いていたが、「世界一」に対する理解度の次元の低さに唖然とした。理系内閣誕生時は「理系の発想」に淡い期待を抱いていたが、今はむしろ「理系落ちこぼれ」ではないのかという疑念の方が増して来ている。理系落ちこぼれというのは得てして経済音痴、法律音痴、社会常識音痴というのが多いだけに、一般社会では反って理系特有の数字の強さと頑固さが害になる。鳩山内閣というのはそういう内閣ではないのかとさえ思えて来たのだ。破壊の跡は整備して肥料を入れて養生しないと新しい芽は育たぬ。この国は、鳩山内閣で大丈夫なのか?日本が置かれている状況が難しいだけに、心配になる。

  [2009.11.19追記] 文科省所管予算、世界最速スパコン(独法・理化学研究所)開発費267億円が全額削られようとしている。理由は財政的に余裕が無いということのようだが、先進諸国の先端技術が秒進分歩のスピードで超精密・超ナノ技術分野へと向かっている中で、日本の産業技術の近未来を考えたとき、この基礎技術分野での一年の遅滞は一刻一秒を争う医学・工学・理化学等の知的財産権の面からも日本の産業界にとって取り返しのつかない命取りとなる。先端基礎技術のサポート体制は必須のことで世界最高速のスパコンは何にも勝る強力な助っ人(支援ツール)である。それを「世界一でなければならない理由は?」「何故、二番目ではいけないのか?」と質問する科学音痴、科学の価値を全く理解していない人たちに科学予算の事業仕分けを任せてよいのか?効率と損得でしか価値判断の出来ない枝野以下の政治家「仕分け人」たちの発想の何と貧しいことか!「子ども手当」よりもっと大事なものである。こんな「貧すれば鈍す」を地で行くような頭の政治家たちにこの国の将来を任せて良いのか!民主党議員のレベルが明らかになるにつれ、心配になる。事業仕分けで「不正・邪悪」な部分が明らかになったことは評価するが、果実の実らない木々は無駄だ、とばかりにバッタバッタと切り捨てるような事業仕分けはこの国をダメにするのではないか、という懸念が大である。

理念無き事業仕分け

  [2009.11.16記] 予算査定に関して行政刷新会議が主催する「事業仕分け」なるものが始まった。体育館を三つに仕切り、一般傍聴人の監視下の下NET公開して行なうという査定会議である。鳩山総理は「必殺仕分け人」と期待しているが、果たして思い通りに行くだろうか?各省庁の行政予算に掲げられた事業は4000前後あるらしい。だが今回は、その膨大な事業の内から選ばれた一割強の447の事業について「廃止」「見直し」「凍結」「国の事業」「地方の事業」「民間へ移管」等を決めている。たったの一時間検討しただけで、如何にもテキパキと決定されているかに見えるが、その光景は如何にも劇場型政治屋の好みそうなパフォーマンス型会議である。査定のやり取りの光景は国民の目には珍しくまた目新しく、分かり易いという肯定的意見が多いようである。私自身も行政法人や公益法人等の存続・改革・廃止については「0ベース」見直しが必要であるという考えであるので、事業仕分け作業がどのように行なわれるのか、非常に興味があった。ところが現実の仕分け会議は、「まとめ役」と「仕分け人」と「当事者」の三組が議論(実態は議論になっていない)していとも簡単に一時間で結論を出す形で運営されている。持ち時間を平等に三等分しても1チーム20分程度の発言時間しかない。聖徳太子でもあるまいに、たったの20分で何が分かるというのだろうか?いくら何でも、これで何十億、何百億という事業の是非、予算の増減を判定するというのは乱暴過ぎる。削減された部分を「事業仕分け」の対象とならなかった事業に紛れ込まされたらどうするのか?全事業を「事業仕分け」しなければ意味がない。元々、予算の査定業務というのは財務省主計官の仕事である。予算というのは、ミニマム(minimum)予算を組み、それに必要なものを積み上げる加算方式と、予め必要なものを全て盛り込んだマキシマム(maximum)予算から減額査定して確定させる減算方式がある。従来は財務省が査定し復活折衝を経る加算方式であったが、加算方式には族議員(議員案件)が跋扈(ばっこ)して無理・無駄が積み重ねられて予算が肥大化するという弊害があった。これを改めるために行政刷新会議は査定方式(減算方式)を採用し、藤井大臣は「査定大臣たれ」と訓示した。これ自体は間違いではないが、事業の一割強しか「俎板の上に乗せない」ところに大問題がある。即ち減算方式に変わったために、俎板に上らない九割弱の事業の予算は「削られることを前提に組まれたマキシマム予算」である可能性が極めて大、ということが推測される。これでは虻蜂取らずである。やはり予算というものはミニマム予算の上に積み上げる方式が良い。要は、無駄と悪・邪が蔓延ることを防止する方策を考えるべきなのである。地方交付税についても然りで、無駄根絶に努力している地方自治体を優先的に実施すべきだと言える。別宅の「スキ焼」を取り締まっても、別荘の「蒲焼」を見逃していたんでは効果は期待できまい。「事業仕分け」査定というのは、役人や省庁が信用出来ないから「政治主導」という名の下に与党議員と与党が選んだ民間人とによって行なう判定・査定作業という点では国民の耳目に曝した効果は否定しない。しかし、一割ぐらいの事業しか査定出来ないというのでは大した効果は期待できない点と、それに要する時間と労力と効果を考慮するとこの査定システムが長く続くとは思えない。国民は、マキシマム予算方式は害で、民主党と財務省は膨らまされた予算を削っているに過ぎないことにいずれ気が付くだろう。矢張り、予算は本来の担当省である財務省に戻すことを考えるべきで、国民が官僚と省庁を信じられるようにするために為すべきことは何かを真剣に考えるべきである。

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普天間基地移設と憲法改正

沖縄米軍基地移設と憲法改正   [2009.11.9] オバマ大統領の初来日を目前にして普天間米軍基地の辺野古への移設が混沌として来た。鳩山首相以下民主党は選挙前や選挙中「国外移転」あるいは「悪くとも県外移転」を唱えていたらしい(マニフェストには明記していない)。ところが政権党となって米国との協議が進むにつれて岡田外相や北沢防衛相の発言のブレの幅が大きくなっている。岡田外相は「嘉手納基地への併合・統合」案を唱え、北沢防衛相は「やはり日米合意どおり辺野古しかない」と前言を翻し態度を米側へ軟化させた。それでも鳩山総理は「最後は私が決定する」と涼しい顔をしているが、独裁政権ではないのだからその発言は乱暴過ぎる。選挙のとき沖縄で声を大にして唱えた国外移設や県外移設について一言の説明もないというのは問題である。党の最高責任者として国民に対してきちんとした説明をする責任がある。さもないと、何の根拠もない単なる「思い付き」の、選挙目的だけの発言だったと見做されても仕方ないだろう。岡田外相発言についても、いくらかでも沖縄を知っている者であれば、沖縄本島の中心部に位置し更に那覇市街地区に接している嘉手納基地への移設統合が適さないことぐらい、誰にでも分かる。むしろ普天間同様、嘉手納も移転すべき基地である。それにしても鳩山総理は、何故に自分自身の方針を表明しないのか?何故に笑みを浮かべて黙していられるのか?何とも解せない態度であるが、つらつら考えるに、その裏には「憲法改正」問題が絡んでいるのではないか、と想像している。鳩山氏も小沢氏も強硬な憲法改正論者である。結論から言えば、沖縄の米軍基地問題は、憲法9条を改正して早急に自衛隊を「軍」にすることで一挙に解決できる、と考えているのではないか。即ち、自衛隊が軍になれば、日米安保も韓国と同じような積極的な形で構築することが期待でき、日米地位協定問題や集団的自衛権問題も自ずと消滅し、オバマ大統領も、米軍をグアムに集結して人員も減らし経費も安く出来るというメリットが生まれるので時間を貸して欲しい、といった提案でも考えているのではないか?(しかし、これは米軍再編成戦略に時間的に間に合わないため、オバマ大統領が納得する筈はない。)そうなれば当然日本としては、米軍が撤退した分、軍隊・軍備の増強が必要となる。そのためには今から公務員の削減を図り、無駄な経費を削減して備えることが必須となる。当然、憲法改正には国会の「3分の2」の議決と国民投票による決議が必要となる。そのためには民主党への国民の支持が絶対要件となる。民主党は一般国民受けのするマニフェストを掲げて大勝したが、最近のブレ振りを見ると、この前の選挙は国民を騙して票を集めた、まるで詐欺のような選挙だったのかと勘繰りたくなる。改憲派議員は自民党、国民新党、民主党に大勢いるが、これら全ての党が統べて改憲で一致している訳ではない。殊に民主党については一回、二回当選議員が大半で、護憲派と改憲派の呉越同舟の状態にある。この様な状態で改憲を表に出せば如何な小沢民主党と雖(いえど)も、分裂・離脱が起こるだろう。改憲を狙う小沢氏・鳩山氏としては、折角、多数を占めたにも拘わらず、民主党が分断したのでは意味をなさない訳で、党としては何としてでも彼らを改憲派議員、即ち「右向け右」議員に育てる必要がある。ちょっと穿(うが)ち過ぎた見方かも知れないが、案外、鳩山総理と小沢幹事長は「教育」と称して、今、秘かにその目論見を実行に移しているのかも知れない。

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内閣法制局長官の答弁禁止と「知る権利」

法制局長官の口を封じる鳩山政権   天下り根絶を謳(うた)いながら平気で官僚を㈱日本郵政のトップに据える鳩山政権の勝手主義と国民無視のご都合主義に呆れるが、初めての国会運営に当たって官僚の国会答弁や記者会見まで禁じ(国家公務員法にいう「秘密保持」が根拠と思われる)、民主党議員からも議員立法権を剥奪し、更に内閣法制局長官も官僚だとして答弁や会見を禁止しようとしている。これによって国民は立法府が作成した法律(特に議員立法)について憲法や他の関連法律に照らして是とすべきか否とすべきかを判断し修正する法制局の見解を知る術を失うことになる。賢い先人は、数年で入れ替わる代議士たちの中には政治を私する悪人もいないとも限らず、そのような悪事を防止する意味からも行政府の中の安全弁として法の番人(法制局)を置いたのである。もしこの機能が停止されれば、国民は国会の不正をタイムリーに知ることも見破ることも出来なくなる。国民の「知る権利」というものは出来るだけオープンに二重三重に担保されて然るべきもので、それが政治が誤った方向に向かうのを矯正する機能として働く。その機能が失われるということは、誤った政治・政策を矯正するには最高裁に上告するしか方法がないことを意味し、国民の大切な「知る術」の一つが封じられることになる。これらの言論統制とも取れる政策を見る限り、「友愛」精神とは程遠い。民主党政権は「開かれた政権」という印象を受けていたが、彼らがやっている実態が次第に明らかになって来るにつれ、民主党というのはむしろ極めて秘密主義の強い閉鎖的隠蔽的性格の政党であることが分かった。政権交代がなければ分からなかった訳で、それだけでも意味があった。これを覚って、由々しき事態だと感じ始めている国民は多いのではないだろうか。法制局長官の発言(国民向けの発信でもある)を封じる意味はその延長上に憲法第9条の解釈変更を目論んでいるのだろうと思うが、多分、誰かの差し金であろう。しかし、それを鵜呑みして実行する鳩山総理の本心とも言え、同罪である。自分たちの目的達成の為なら法制局長官の発言をも封じる、邪魔になるものは全て排除してしまえ、という根性は腐っている。鳩山総理は事ある毎に祖父一郎から承継した「友愛」精神を披瀝しているが、国民は鳩山氏の「友愛(鳩山一郎はフランス革命のスローガン「自由・平等・博愛」の博愛fraternityを「友愛」と訳したらしい)」を「博愛」と同義に解しているようだが、それが誤りであることに気付かなければならない。fraternity’とは「極めて近い関係の間の情」を意味しており、多く「博愛」と訳されているが、むしろ「兄弟愛」や「同胞愛」と訳した方が正確である。即ち「気に入った仲間の間だけに通じれば良い思い遣りや労り」というものである。しかし、民主党が「友愛」精神で結束し団結しているようには到底見えない。国会初日の小沢チルドレンたちのヤンヤの喝采を見て、谷垣氏は「まるでヒットラー・ユーゲントのようだ」と評したが、言い得て妙である。小泉チルドレンたちに感じた不快感と同じものを感じた。今、鳩山新政権が「脱・官僚依存、政治主導」と称して行なっている「官僚の口封じ」作戦は、正しくファッショの兆しそのものではないか。民主党が言うように内閣法制局も行政機関の一つである以上広い意味では官僚であることに間違いはない。しかし、法律の審査をする法制局の専門性は他の行政省庁とは格段に性格を異にすることを考慮すべきだろう。昔は官僚と言えば大蔵省や通産省の上級職公務員(所謂キャリア官僚)を指したが、近年、国家公務員全体を官僚と言い始め、場面に応じて官僚と言ったり国家公務員と言ったり使い分けている感がある。そもそも、民主党の目的は小沢氏や鳩山氏が目論んでいる憲法改正(9条改正)と内閣法制局の示している政府解釈の改定にあることは論を俟たない。鳩山政権は「政治主導」という耳障りの良い言葉で官僚機構の悪い面ばかりを強調し、国民をミスリードしようとしているとしか思えない。官僚からの発信が途絶えると、国民は判断するための情報あるいは考え方が制約されることになる。特に、国会議員から議員立法権を取り上げる決定をしたことは憲法違反であることは明白で小沢氏・鳩山氏の罪は大きい。

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官僚依存の鳩山政権

ボロが出て来た鳩山政権   葵の御紋の印籠か錦の御旗の如く高々と「マニフェスト」を掲げて政権を勝ち取ったところまでは良かったが、代表質問の際、谷垣自民党総裁に対して鳩山総理が勝ち誇ったように「あなたがたに言われたくはない」と開き直りとも責任転嫁とも取れる発言をしたのは鳩山氏の真の姿が垣間見えたようで幻滅だった。言いたい気持ちは良く分かるが、それを承知で政権を奪取した筈で、も少し気の利いた言い方がありそうなものだ。情けないことに、予算委員会が始まるや、他の民主党大臣連中が我も我もと真似をする始末である。それに引き換え、加藤紘一氏の気宇壮大にして格調高い質問は氏の面目を躍如とさせるもので、一際光り輝いた。議事堂は一時間以上森として野次も無く、老若男女、与野党、内閣の全員が真剣な表情で耳を澄ませていた。こんな光景はついぞ見たことがない。「流石!」である。それにしても、八ッ場ダム、沖縄普天間基地移転、後期高齢者医療制度、日本年金機構、国債発行、等々国民が最も関心を持っている問題についてのブレが甚だしい。当初、事務次官会議の廃止や予算査定における「脱・官僚依存」振りを見せ付けられて「オッ!なかなかやるじゃないか!」と期待感を抱いたが、日を経るほどに岡田外相は、沖縄米軍基地の県外・外国移転は「公約ではない」と言い出すし、官僚の天下りについても「底抜け」振りを顕わにした。今まで黙って見て来たが、民主党が選挙中に言っていたことはやはり口先だけのパフォーマンスだったと考えるしかないようである。一体、鳩山政権は国民のために何を実行して呉れるのか?

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所信表明演説、鳩山新総理

鳩山所信表明演説を聞いて   今日26日、臨時国会が開会し、鳩山新総理の52分間に亘る所信表明演説があった。所信表明演説というのは限られた時間の中で国内から外交まで幅広い項目に亘って所信と決意を表明しなければならず、どうしても抽象的表現にならざるを得ない面があることは否定しないが、今日の鳩山新総理の演説は格調高いオバマ大統領演説を意識した感があって、些か美文調(実際はとても美文調とは言い難いが…)に流れた嫌いがある。具体的性に欠け、迫力ある決意表明とは言えないものであった。鳩山新総理個人の政治理念は存外真っ当でよく理解出来たが、最近の総理以下各大臣の「ブレ振り」を見ていると、彼らを束ねる最高責任者である内閣総理大臣の所信であるからにはもう少し個別問題まで踏み込んで具体的な方針表明があっても良かったのではないだろうか。その方が聞いている国民も理解し易かったと思うが、民主党政治が本当に鳩山総理の表明した政治理念に向かうのだろうか?という懸念が過ぎった。具体性に欠け、期待外れの感を抱いた国民が多かったのではないだろうか。所信演説に「大掃除」という言葉が登場するが、大掃除というのは「大掃除の為に動かした家具類は掃除後は元に戻す」もので、レイアウト変更とは異なる。大掃除をして廃棄物を捨てる必要性は良く分かるが、その後「元に戻すのか」「配置換えするのか」、どうするのかが明言されておらず霞んでいる。また、「友愛政治の原点は先人の言う『政治は弱者の為』にある」と宣言しており、自民党の「弱者切り捨て」あるいは「弱者置いてけぼり」の政治から転換したことは評価出来る。自民党は高級車両のために道路を舗装したが、民主党連立政権は「行政の速度は最も遅い人に合わせよ」と言うが如く乳母車のために道路を舗装する、という訳である。後は実践を確認するだけである。しかし、所信演説の中の「…これまで日本の社会を支えて来た地域の「絆」が、今やずたずたに切り裂かれつつあるのです。…」という件(くだり)を聞いて、「子供手当」創設のために扶養手当や配偶者手当を廃止するという、まるで「家族の絆」を断ち切るような政策を平気で表明する点に一抹の疑念も湧く。白けた気分に襲われた。谷垣自民党総裁は民主党新人議員団を前に演説する姿を評して「ヒトラーユーゲント(Hitler jugend)」を前に演じるヒトラーの如しと評していたが、段々「鳩山教」の教祖のような風格が出て来た感があり、やや異様に映る。

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ウィニーソフト裁判

ウィニーソフト裁判Winny softさいばん

  [2009.10.23追記] 大阪高裁は10/8、「犯意」の不存在を主たる理由に掲げ逆転無罪の判決を下した。ダイナマイトや核融合反応装置が「犯意」を持って発明されたものであれば、発明者が裁かれても仕方がないが、「犯意」のない人に罪を着せるような思想や風潮は危険である。将来、わが国の産業界は独自技術の開発と発明発見によって発展しなければならない。そのためには様々な特許技術に挑戦しなければならない。こんなことで発明者を犯罪者扱いしていたら、わが国に先端技術は育たず、産業は滅びるだろう。そういう意味からも、大阪高裁の裁判官の見識に、喝采!である。それでも大阪高検は10/21最高裁に上告したようだが、どうしてそれ程まで「検察のメンツ」に拘わりたいのだろうか?検察の言い分が通るなら、裏サイトや闇サイトと呼ばれるものを誕生させたWEB業者やパソコン発明者も犯罪者となる理屈ではないか。

  [2006.12.22記] ファイル交換ソフト「ウィニーソフト」を発明開発した東大大学院生に対し京都地裁が有罪判決を下すという愚を行なった。原子力が歴然と示しているように、平和利用されれば人類に大きな貢献をするものも兵器として利用されれば最悪の凶器となる。どんなものにも表裏二面があるように、発明にも当然二面性がある。にも拘らず、京都地裁が一面の事象のみを取り上げて発明行為に有罪判決を下したことは、現行法理念の「『犯した(既遂)』あるいは『犯そうと企図している(未遂)』者(行為)を処罰する」という原則を歪めることになりはしないか。問題である。

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羽田空港のハブ化は実現可能か?

羽田のハブ空港化より新設を   前原国交大臣が突然、羽田のハブ空港化を言い始めたが、本当に実現性はあるのだろうか?彼の発想は根拠のない思い付きのように思えて、極めて疑問である。ハブ空港とは、広大な用地を有していること、24時間発着が出来ること、国際線から国内線への乗換えが手軽であること、近くに貨物の物流基地や高速道路があること、国内や近隣国に24時間かそれに近く稼働している傘下空港を抱えていること…等々の立地条件をクリアーしなければならない。これらから見ても成田はハブ空港としての条件を満たしていないと断言できるが、羽田はどうだろうか?羽田をハブ空港化するということは、世界各国から飛来する航空機が常時着陸できることが必須の要件であり、また到着した航空機が一定時間内に羽田を離陸する態勢が常時取られなければならない。即ち、ハブ空港としての絶対条件は大型航空機の速やかな離発着が24時間可能であることである。しかし、日本の空港は住民への騒音対策から深夜の稼動が出来ない。ということは、広大な航空機の駐機・待機スペースを用意しなければならないということになる。深夜の発着が出来ないということは必然的に滑走路の生産性が落ちる訳で、当然その分は空港使用料や空港ビルの坪単価に諸に影響する。また、住宅地に近い空港は近隣住民への騒音補償などにも大きな経費が掛かる。その結果、近隣ハブ空港との競争力が低下し、経営上の最大のネックとなる。住宅地の直ぐ傍にある羽田をハブ空港に転換すると直ちにこの難問にぶち当たる訳で、近隣住民が24時間稼動をすんなりと認めて呉れるだろうか?各地で起きた空港建設時の激しい反対運動から見ても解決は物理的にも時間的にも容易ではない筈だ。何が何でも本格的なハブ空港を作ってアジアの拠点になりたいのであれば、富士山の乱気流が問題だが、一層のこと富士山麓の青木ヶ原原生林を開拓して作るくらいのことを考えたらどうだろう。ここなら人間も住んでおらず、空港と首都圏や中京圏を時速500kmの超高速鉄道(JR式リニアモーターカー)で結べば30分圏となり東西の拠点ともなり得るし、東名高速(第1、第2)を使った物流網も構築しやすい。更に、沼津辺りに海のハブ港も作れる。

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鳩山大臣VS西川社長、行方と影響&続編

後任は何と!「渡り」官僚

     [2009.10.21追記] 西川氏の後任は現在73歳で元大蔵事務次官、現在東京金融取引所社長の、小沢氏と極めて近い斎藤次郎氏とのこと。何でまた年寄りを!?。もっと清新溌溂な人物はいなかったのか~。「天下り」や「渡り」が社会問題化している世相の中で、鳩山氏らは選りによって若くもない官僚上がりを選んだようだが、この選択は鳩山氏の政治センスに「?」が付くことになるだろう。人気をバックに押し切れると踏んでのこととすれば、遂に「驕り」が顕われて来たと言わざるを得ない。権力が目を眩ませることを知っている筈の賢い鳩山氏が、自分の人気の源が「見た目の謙虚さ」にあることに気付いていない筈はないと思うのだが…。今の状況から見ると、国会が始まれば支持率は見る見る低下するのではないだろうか。

西川社長、辞任表明

   [2009.10.20追記] 今日、やっとのことで西川社長が辞任を表明し、社長人事に決着がついた。取り敢えずは郵政利権が特定の企業や少数の個人に私される寸前で国民の財産が守られたことは喜ばしい。次は残った経営陣、少なくとも常務以上は全員入れ替えるくらいの荒療治が必要だろう。その上で、過疎化と限界集落化が進行している地方・地域住民への金融サービスと郵便サービスを柱にした「国民のための郵便局」事業を推進することが肝要である。旧郵便局ネットワークが重要な社会資本の一つとなっていた地方は多く、再構築が望まれる。そのような地区で郵便局の存在価値を効率という物指しで判断すれば、治世を誤まること火を見るより明らかである。都市部については考慮の余地があるが、必要なら地方の郵政事業については切り離して公営事業にすることも検討の余地があるのではないか。しかし、郵政民営化問題が無かったら、政権交代は無かったかもしれない。西川社長に対する鳩山邦夫元総務大臣の「正義」対決によって国民は目を覚まされ、日本の政界・政治の汚れを赤裸々に見ることとなり、真剣に「洗濯」の必要性を感じることとなった。その結果が前の総選挙での政権交代であった。郵政民営化は、国民に「デタラメ政治の功罪」を知らしめ、政治参加の重要さを教えたという効果をもたらした。後任社長には人格・識見の高邁な正義漢的人物を期待する。

鳩山大臣VS西川社長、麻生氏の支持率は?

   [2009.6.12追記] 今日午後、思い掛けなくも鳩山総務大臣が麻生総理に辞表を提出した。提出後の会見で鳩山邦夫氏は「汚れたことを許してはならない。それを通すのは政治ではない」というのが私の信念だから「潔さ」を大事にしたと述べ、西郷隆盛が「今般政府に訊問の筋あり」と質した言葉を借りて「(征韓論の)意見の違いから、岩倉具視に『岩倉公、あやまてり』と言って潔く政府を去った西郷隆盛翁の心境だ。いずれ(一年以内に)歴史が私の正しさを証明してくれるだろう」と述べて内閣を去った。まさに、悪が正義を駆逐する妙な格好になって、わが国の政治のレベルの低さを象徴した事件である。彼に期待していた多くの国民が失望した以上に、麻生総理を担いで来た鳩山氏自身が一番失望し無念だったのではないか。これで麻生総理の支持率も暴落し自民党支持者も大激減するだろう。「一年以内に歴史が証明して呉れる」という最後の言葉が何を示唆しているのか、鳩山邦夫氏の今後の動きから目が離せなくなった。新党結成か?それとも、某党との合併構想か?

   [2009.6.10記] 今日9日の参院総務委員会で鳩山総務大臣と西川日本郵政社長の直接対決があった。鳩山氏の眼光鋭く堂々たる姿に対してやや前屈みでいじけて見える西川氏の姿は、見る者に「正の鳩山、邪の西川」という印象を抱かせただろう。かんぽの宿払い下げ問題、障害者郵便の料金不正問題、簡易保険金不払い問題等々、数々の出鱈目を見逃して来た統治力不在の経営姿勢は「引責辞任」を問われて然るべきである。むしろ自らの無力さを恥じ、自ら率先して進退伺いを表明すべきである。それを「民営化をやり遂げる責任がある」と「居座り宣言」をするなど、以ての外である。このような状況下、監督官庁の責任として「正義」を通そうとする方が毅然として恰好良いことは言を俟(ま)たないにしても、今日の西川氏の表情には以前のような挑戦的言動が消え、大臣の「再任拒否」に対しても「法律に従う」と、暗に「辞任も已む無し」とも取れる発言だったのは意外だった。思わぬ展開が起こるかも知れぬ。この問題が発生した途端、政界から引退を表明している小泉元首相やとっくに引退している竹中元総務大臣がノコノコ、度々、メディアに登場して声を荒げて鳩山総務大臣を批判し、麻生降ろし発言をしているのは異常な光景である。彼らは一体何を目論んでいるのか?何か不味いことでもあるのか?小泉・竹中の息の掛かった者で構成されている取締役会や第三者委員会ばかりでなく、更にもっと深い暗い闇を勘繰りたくなる。西川問題は麻生総理支持率や自民党支持率に少なからぬ影響を及ぼすだろう。勿論、鳩山氏を辞めさせて西川氏続投という判断をすれば支持率は一桁台へ急降下し、逆に鳩山氏はそのままで西川氏を辞めさせればかなり上昇することは間違いない。中川、石原、町村、森ら、郵政民営化派や旧森派の面々が麻生降ろしに動いているようだが、彼らの言動が自民支持率を旧降下させている因であることに気付いていないようである。その点、公明党は国民の顔色を窺って西川不支持を匂わせ利巧である。麻生総理は、この際麻生、鳩山、河村を核にして、小泉・竹中コンビがぶっ壊した自民党と国民生活をもう一度ぶっ壊すくらいの威勢を持って、小泉・竹中政策に「NO!」を突き付けたらどうだろう。自民、民主がそれぞれ内部崩壊するかも知れないが、恐らく国民からは大喝采を得、国民の大きな支持を得ることになるだろう。

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高速道路の無料化

無料化で地方再生を   財源不足か予算肥大か分からないが、「高速道路無料化」公約が危うくなって来た。高速道路の無料化については私自身も以前から主張していたことで、民主党が公約に掲げたことは高く評価している。しかし、赤字国債を発行してまで行なうべきか、となると疑問であるが、ただ私の主張する無料化の目的は限界集落化防止対策と地域産業の再興隆・再構築にあり、個々人のレクレーション活動推進を意図するものではない。高速道路を無料化することで遠隔地の生鮮品が短時間・低価格で消費地に流通できるようにすることが地方産業の発展と再構築の緒となる筈である。不況下にあっては産業活性のためにも実施は早いほど良い。そのためには、一定条件の下に無料パスから数万円パスを交付する制度化が必要となろう。

     ① 無料化の対象は産業用車両(観光バスも含む)に限定する。

     ② 財源的に完全無料化が当面無理であれば、産業用車両や通勤用車両  には月額5,000円、10,000円、20,000円というような定期パス(ETC利用)を交付する。

     ③ 一般乗用車はCO₂削減の意味からも土日割引制度を止め所定の料金(現行料金の50%くらいか?)負担とする。

     ④ 高速道路特定財源は一般財源に繰り入れ、修繕維持は一般予算で実行する。

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八ッ場ダムが示唆するもの

八ッ場ダムに学べ   ダム建設の妥当性は「有識者・専門家会議」のような第三者機関も関与して決定されている筈だが、今、民主党が行なっているダム建設事業の見直しは「政権交代による国家意思の変更」権の域を超えているように思う。如何に政権交代と雖も革命ではないのだから、反転出来ない国家の意思というのがあって然るべき、と思うのだが?ダム建設のような国家的事業というものは「国家百年の計」事業である。計画から実行・完成までに数十年を要することは当たり前で、国家と住民、国家と地方自治体、国家と建設会社、国家と建設会社の下請け・孫請け業者、等々それぞれの間の信頼関係の上に成り立っていると言える。そのような事業が、日常的政権交代によって国家の意思が覆されて中止になる、というのは問題ではないのか?民主党の「不要、不急」を基準に予算の裁定を行なっているというのは耳障りは良いが、ダムのような「国家百年の計」に関わる大事業を短視的に判断してよいのだろうか、という疑問が湧く。そもそも「中止」の端が、全て「800兆を超える赤字国債」という膨大な借金に発していることは間違いなく、前原氏や民主党が事の是非判断を「無駄使い」に求めたことは、極論すれば正に「貧すれば鈍す」を絵に描いたようなもので、見苦しくもある。今後、二大政党制が根付けば根付くほど、小選挙区制の下では卑近な政策によって政権が交代する事態が増えることが想定され、その度に八ッ場ダムのような大混乱が起こることが十分に考えられる。前原大臣は全てのダム建設を中止としたが、例えば4年後、自民党が政権を奪還した場合、多くのダムが「工事再続行」ということになるのではないのか?こんな滅茶苦茶なことが日常的に起こるようになったら、国家百年の計など「夢のまた夢」で、日本の将来そのものが怪しく危うくなる。そうならないようにするためには、「国家の意思を変転し得る」条件や基準を早急に設けるべきではないだろうか。変えられないことも困るが、変えやすいことが一番困る。治水利水の状況は時代によって変わるかもしれないが、八ッ場ダムのように親子三代に亘って長い時間を掛けて論議が尽くされて実施決定された「世紀事業」が、一時の世相的テーマでコロコロ変わる政権交代によって、さしたる論議もなく覆されるというのには問題がある。当初は全面反対であった水没地域住民が、下流域自治体と住民の福祉と公益のために犠牲を強いられ、渋々ダム建設を了解し古里を放棄したことの重大さを忘れてはならない。古里を離れ、新しいダムという環境の中で新しい生活を設計し構築して新しい「ダムの古里」を作り出そうと懸命に生きて来た住民たちは、後数年すればダム本体も完成するという今、やっと新しい平穏を見つけ出したというのが偽らざる現実であろう。それを、今になって「ダム建設」を中止しようというのは些か乱暴過ぎる。利水にしろ治水にしろ、現在も賛否両論があるということは、このダムが全く不要というものではないことを示している。未着工というのであれば兎も角、むしろ70%近くの工程が完了しているダムを今更中止にすると言うことの方が蓋然性に欠けるだろう。

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八ッ場ダムと前原大臣

やっぱり劣る事実認識力、前原大臣   利根川上流の吾妻川、群馬県長野原町に建設途上の八ッ場ダムは、70%近くの工程が完了し後数年すればダム本体も完成するそうだ。このダムが前原国交大臣の突然の「ダム建設中止」発言で出来たばかりの政権を揺るがしそうな大騒ぎになっている。注意深く彼の発言を聞いていると、民主党の「マニフェストに記載されているから中止する」ということで、前原大臣としての意思は表明されていない。発言に何となく「他人事(ひとごと)」のような白けた雰囲気があるのはその所為かも知れない。一見、頑(かたく)なに「中止」を固執する前原大臣の姿勢を見て、「前原はブレナイ」と高く評価している人たちがいるようだが、「中止」を表明するときの彼の思い詰めたような眼差しや表情の硬さを見ていると、私にはどうしても故永田議員の「偽メール事件」の国会質問光景が浮かんで来る。事実確認がきちんとなされていれば、当然、彼自身も代表を辞任しなければならないようなこともなく、故永田議員も自殺に追い込まれるようなことにはならなかっただろう。この時、事実確認の重要さを嫌というくらい覚った筈だが、忘れてしまったのだろう。ちゃんと偽メール事件が学習されていれば、八ッ場住民の気持ちを「いの一番」に確認していた筈である。その過程を経ていれば、同じ「中止」発言であっても又違った展開になっただろうと思う。八ッ場ダムだけでなく、羽田空港のハブ化やJAL再建問題等の言動を見ても、やはり予断的発言が見られ、事実認識を疎かにする癖は直っておらず、依然として思い込みの強さだけが伝わって来る。それ以上に、八ッ場ダムの現場視察や現地をする前に結論を表明するというやり方は「友愛」を掲げる民主的政治家とは到底言えず、国家権力を振りかざして民意を押さえ込もうとする強権政治家という臭いが強い。この意識が民主党の政治家に特有のものだとしたら、極めて危険であると言わざるを得ない。

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特別会計と一般会計を一つの財布に

 概算要求95兆円超[2009.10.17追記] 事項要求を加えると97兆円にもなるらしい。最終予算がいくらに落ち着くのか判然としないが、査定予算にしてはいくらなんでも膨大過ぎる。官僚の反撃が始まったと見るべきだろう。鳩山内閣の「脱・官僚依存」に異論を唱えることをせずに真っ向から数字で反論して来た。政治家との喧嘩は予算で決着付けようという姿勢ありありで、流石は油断ならぬ官僚である。今後、鳩山政権が国民を納得させる為には、一次査定で無条件に10~15%カットするしかないのではないか?そして復活折衝を通してより適正な予算を作るしかあるまい。これまで自民党政権下で旨味を吸って来た族議員(民主党内にも大勢いる)との腐れ縁や省益を断ち切るためにも蛮勇を奮って貰いたい。

 鳩山内閣、財源難で赤字国債依存か?[2009.10.16記] やがて新政権成立一ヶ月を迎えるが、「脱・官僚依存」という公約は想像していた以上に巧く果たしているように見える。しかし、補正予算と概算要求の査定についてはもう一つである。概算要求の減額を見る限り、本来なら大臣側に身を置くべき政務官や副大臣の中には既に官僚に取り込まれているような発言をしている者も散見され、「査定大臣」の力が発揮されているようには見えない。官僚の、目に見えぬ強力な抵抗に遭っているのが査定の実態のようである。ここが、官僚を牛耳る内閣になれるかどうかの正念場だろう。もう一点気になるのは、「脱・赤字国債依存」という公約が反故にされそうな気配である。鳩山総理は選挙戦の中で赤字国債に依存する麻生元総理を声高に批判していたが、概算要求が麻生内閣の88.5兆円を超えそうになった途端、いとも簡単に赤字国債に依存する可能性を表明している。理由はマニフェストを守るためらしいが、聊(いささ)か、安易に過ぎないか?総理就任後、鳩山氏のこの「強情と妥協」姿勢が時折り顔を見せる。これを「ブレる」と言う人もいるが、私には危うい性格に見える。参院選を前に鳩山総理がマニフェストの実行を全てに優先したいという気持ちは理解出来るが、国民の気持ちは「赤字国債は最小に」「何も赤字国債を増額してまで…」というのが本音だろう。会計検査院によって特別会計や独法の中に1兆円超の剰余金があることが指摘されていることからしても、赤字財政の中、一般会計と特別会計を別財布で会計するのではなく、一つの財布に統合して一括して会計すべきである。そうでなければ本当の無駄は排除できない。複数の財布を持つというのは黒字経営には許されても、赤字経営には許されるものではない。特別会計や公益法人の中には過大な剰余金を保持しているところもあると聞くので、この際、剰余金を国家予算へ組み入れる方策も検討してはどうか?少なくとも「天下り団体」については不可能ではない筈だ。

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民主党政権は国民の耳を封じるのか?

国民の声を聞かぬ鳩山政権?   民主党が政権をとってあちこちでブーイングが起こっている。最たるものは前原国交大臣の発言である。群馬県の八ッ場ダムと千葉県の成田空港である。どちらも壮絶な反対運動を経て国家権力(と族議員?)に押し切られて住民たちが泣く泣く納得させられた国家事業である。それが、民主党に政権が代わった途端、殆ど説明も無いままいとも簡単に事業の継続が打ち切られたり、大幅な方針変更が行なわれようとしている。民主党というのは「国民主権」「国民主導」を標榜して政権を奪取した筈だが、この二件に限って見れば、「国民の声」や「地元の声」に耳を傾ける姿勢は全く見られない。これは、民主党の体質なのか前原氏個人の資質なのか?組閣直後、鳩山氏が官僚の「記者会見」を禁止し、間を置かず会見禁止を緩和したことが記憶に新しいが、またまた小沢氏が「国会答弁で内閣法制長官ら公務員の口を封じる法律」を立法化しようとしている。そんなことになれば、国民には官僚の考えや異見を知る術も無くなるし、公僕として国民の傍に居るべき行政官も益々国民から乖離し、良いことは何もない。民主党は秘かに国民の「知る権利」を奪おうとしているのか?何の為に?極めて問題である。図らずも、たった一ヶ月ばかりの間に民主党のファッショ的思考や体質が少しづつ幽かにあちこちに顕われ始めて来た。民主党には「万機公論に決すべし」という民主主義政治の精神があるのだろうか、訝(いぶか)しく思う。

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「成田」空港の名前の皮肉、「成りた××」

「成りた」空港   前原国交大臣の発言で「成田空港」が脚光を浴びている。「成田」を「成りた」と書くとその後ろに来る言葉によって意味が正反対にもなる。成田は国際空港として「成りたつのか?」、「成りたたないのか?」、あるいはどのような空港に「成りたいのか?」、前原大臣の突然の一声によって今改めて問われ始めたようなものだ。皮肉にも「なりた」というのは「どう成るのか」という途上を意味する名前が示唆しているように「永久に終了しない」空港なのかも知れない。「成田」に再び問題が起こったことは宿命だったのだろう。前原大臣は、これまで国内優先であった羽田空港を日本のハブ空港とし、成田空港は一般の国際空港にする肚(はら)のようであるが、壮絶な反対運動を経て国家権力(と族議員?)に押し切られて泣く泣く納得させられた地元の人々には過去の悪夢が目の前に甦るような思いだろう。群馬県の八ッ場ダムと言い、千葉県の成田空港と言い、どちらも政権が民主党に代わった途端、殆ど説明も無いままに事業の継続が打ち切られたり、大幅な方針変更が行なわれようとしているが、地元住民の意見も聞かず、「先ず、結論ありき」の姿勢を貫く前原大臣の政治姿勢はどうなっているのだろうか?民主党は万機公論に決する党ではないのか?

     [追記] 本日午後、森田千葉県知事が前原大臣と会談した。ところが昨日の怒りは何処へやら、にこやかに記者会見していた。森田知事は「ハブ空港」の意味を知らなかったのかな、それとも森田知事の豹変振りの裏に何かあったのだろうか?

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