小沢氏、強制起訴 [2010.10.4追記] 検察審査会が再び「起訴相当」の決定をした。メンバー11人全員が入れ替わったために、ひょっとすれば不起訴相当の審決が出るのではないかと危惧していたが、小沢氏が秘書に罪を被せて自分自身は全く説明しようとしない態度に、「それなら有罪か無罪かの判定を裁判官の判断に委ねようという一般国民の意思が反映された結果であろう。検察の有罪率が99%以上の確率というのは世界中でも例が無く、これまでまるで検察が有罪無罪の判断をして来たような錯覚に陥るが、本来、制度上有罪か無罪かを判断する権限は検察庁ではなく裁判官に与えられているものである。そういう意味では検察審査会が検察の再度の「不起訴」判断に左右されることなく「起訴すべし」と判断したことは大きな意味があると言える。小沢氏が法廷で何を語るのか、今度ばかりは嫌でも白日の下に曝されることになる。非常に興味がある。
地検、再び「不起訴」 [2010.5.23追記] 地検が再び「不起訴」とした。予見されたことであったが、矢張り残念。この結果は検察審査会に戻され、再度、審査会の判定を待つことになる。審査員のメンバー11人のうち6人が交代になっているので、この結果がどうなるか不明である。制度の趣旨から言えば、本件の一連の審査は従前の審査員が担当すべきである。さもないと本件については17人の検察審査員の評定となって「11人による評定」という制度の趣旨がおかしなことになる。途中で審査員が交代することを認めているのは制度として欠陥と言える。
小沢氏に「起訴相当」 [2010.4.28追記] 検察審査会は鳩山総理については「不起訴相当」という議決をしたが、小沢幹事長には全員一致(11人)で「起訴相当」という厳しい結論を出した。検察の捜査に対して「知りません」の一点張りで何一つ説明しようとしない鳩山総理と小沢幹事長であり、彼らの不誠実さには多くの国民が憤慨していたところで、国民の代表である検察審査会が小沢氏に対して出した結論は喝采である。本人が説明しようとしないのであれば公開の裁判において明らかにするしかないのは当然なことである。今度の決定で東京地検は捜査し直し、再度起訴か不起訴かの決定を迫られることになるが、検察審査会の11人のメンバーは交代期にあり次の検察審査会の議決は新しいメンバーが決定することになるらしい。ここでも尚「起訴相当」となれば強制的に裁判が行なわれることになる。しかし、交代して審議するとなると、これは審議途上にある事件については落着まで担当した検察審査員が担当するのでなければ、「11人の審議」によるものが「22人の審議」になることを意味し、制度の主旨から言えば極めておかしいと言わざるを得ない。小沢氏の件については落着するまで前任の検察審査員が引き続いて落着させるようにすべきであろう。
検察審査会 [2009.6.24記] 検察審査会とは、検察官が判断した不起訴処分についての「是非を審査する」機関で、その処分に不服ある者からの申し立てを受けて開かれる。有権者の中から無作為に選ばれた11人の検察審査員によって構成され、県に一箇所もしくは複数個所、全国の地裁または地裁支部の中に全部で165ヶ所置かれている。制度の始まりは昭和23年と古いが、審査結果に拘束力が無く殆ど無意味のものであったが、2004年の司法制度改革を機に「審査結果が拘束力を持つ」ように改正され、今年の5月21日より施行された。起訴権限は検察官の専決事項となっているために、被疑者を処罰する必要があるかどうかを判断するのは検察官である。従って、様々な事情(指揮権発動等)から起訴しない(不起訴処分)ということもあり得、恣意的な不起訴や起訴猶予といったことも起こりかねない(政治家に対しては概ね甘い)。従って、これを不服とする事態が起こってもこれまでは手の打ちようが無かったが、改正によって審査結果が「起訴相当」とされた場合、裁判官の権限において必ず起訴されることに改められた。一般市民の声が司法に届くようになったことは大歓迎である。審査会における賛成が5人/11人以下の場合は「不起訴相当」、6~7人/11人の場合は「不起訴不当」、8人/11人以上の場合は「起訴相当」となる。裁判員制度や被害者参加裁判制度など一般市民が強制的に司法権に介入させられることに手放しで賛成は出来ないが、検察審査会法については大歓迎である。これによって警察や検察の初動捜査が厳密になり徹底されることが期待出来、結果として冤罪が減ることも期待できる。今後は逮捕率の向上が課題である。ついでに言えば、「告発審査会」を設けて市民からの告発は捜査を義務付ける制度も欲しい。